姉と弟
オレの名前は工藤風太。
群れることをもっとも嫌う孤高の狼だ。誰にも縛られる気はないし、誰かを縛ることもしない。格好をつけちゃあいるが、在り方を自分の中で定義してそれに従っているだけだ。
誰かに倣ったわけじゃない。だから、学校の宿題で出てくる尊敬できる人間も憧れている人間もいつだって空欄だった。
日曜の朝にやっている戦隊ものも、魔法少女ものも嫌いだった。
どこの誰かも分からない人間のために命を懸けて戦って、その果てに惨たらしい死が待っているんだとしたらあまりにも割に合わないだろう。
アニメでは勝利が約束されている?
いや、敗北が決まっているシナリオも中にはあるだろう。もし仮に、人助けを感謝されるためだけにやっているんだとしたら、なんてちっぽけな理由なのかと鼻で笑ってやっているところだ。
別にこの感性はおかしくない。この魔獣が跋扈する時代で他人に足元を掬われたくないのは当たり前だ。情に絆されて人助けをしてみても、いつかは裏切られる日がやってくる。誰かのせいで被害を被るのはごめんだ。
冷酷な人間だと見下すやつもいるだろう。
昔からそうだった?
いや、昔は仲よくやったツレが何人もいた。時間で見てみれば別に昔と懐かしむほど前のことでないが、よく数人で集まって毎日カラオケやゲームセンターに行っていた気がするな。
魔法少女ものはこっぱずかしくて一度しか見たことはないが、仮面を被って悪と戦うヒーローは嫌いじゃなかった。
けど、人は変わる。
きっかけでどうとでも。
性格も想いも、人生も。
今は、何もない。
そういえば昔のオレはよく笑っていた気がするな。だから、今の自分とのあまりの乖離に遠い過去のように思えた。
ある日燻ぶっていたオレに姉貴が話をかけてきた。
「ね、風太。孤高の狼ちゃんが求めてるもの見つけてきちゃった!行ってみない?」
「しつこいな。前断ったぜ?どうせ、姉貴んとこだろ。じゃなきゃ魔獣狩りの依頼とかか?」
どうやら姉貴はオレが強い魔獣と戦うことが何よりも好きだと勝手に勘違いしているらしい。
「ノーウェイだ。そんなちっぽけな檻で狼を飼い慣らせると思ってんのか?オレは気ままに今日の糧だけ喰う」
好きか嫌いかと言われたら強いヤツと戦うのは嫌いじゃない。だから、心が躍るかと言われたら当たり前だと返すだろう。
魔獣退治も嫌いじゃない。何も考えずに正しいことを行えるから。
誰かのために戦うのはごめんだが、自分のために戦うのはいい。勝っても負けても自分の中だけで決着がつけられるから。
だからこそ、リベルレギオンという部隊に所属して、上から犬みたいにこき使われるのだけは我慢ならなかった。仮に自身が上の立場に立てたとして、下のやつらの面倒を見るなんてのも御免被りたかった。
「とう!」
「痛ってぇ!?」
振り返ったオレの背中に姉貴が助走をつけたのか、思い切りドロップキックをかましてきやがった。
当たり前だがこんな無茶苦茶をするのはオレにだけだ。姉貴は後に引きずらないさっぱりとした性格で、昔から男女問わず人気者だったが、弟のオレにだけは容赦がなかった。この本性を知ったら少なくとも男どもは逃げだすだろうな。
(いってぇ。無防備な背中目掛けてドロップキックするか普通?当たりどころが悪かったら骨が折れるレベルだぞ)
「痛い?痛いでしょ?そうやって痛がってる人がこの世界にはいっぱいいるんだよ?体も、心もね。そんな人たちを助けて、感謝されて、お金ももらって、そんなの最高じゃない?」
いけしゃあしゃあと正論っぽいことをほざきやがる。誰のせいで痛がってると思ってるんだ。クソ姉貴。
「で、最後は無様に死ぬんだろ。姉貴もいつ死ぬかわからねえだろ」
「てや!」
ボディランゲージだ。姉貴はいつもこれだった。別に分が悪くなったからとか、弁が立たないとかじゃない。オレが聞かないからだ。
振り返ったオレの腹に回し蹴りをかましてくる。しかし、一発目は不意を突かれたが真正面からの蹴りくらいは余裕で躱して見せる。
「蹴らせろ、風太!」
「無茶苦茶言うなよ!」
これがオレたちの日常。手が出ることも日常茶飯事だが、オレのことを思ってのことだ。多少無茶が過ぎることも多いが強くは返せない。
親は健在だ。今日は休日、今は二人とも仲良くドライブデートにでも行ってるだろう。いい歳して結構なことだ。
「喧嘩しよう、風太。で、あたしが勝ったらレギオンに入る。それでどう?」
「……べつにいいぜ。オレが勝ったら二度と誘うな。それだけでいい」
「よぉしっ!じゃあ……」
「待てよ。家の中は流石に無理だろ。親父たち泣くぜ?」
このナスティーシスターは本気でここで喧嘩をしようとしたのだろうか。異能抜きでも家の中は滅茶苦茶に荒れるだろう。
オレも結構なアウトローだと自負しちゃいるが、姉貴と話しているとつくづく自分が本気で真人間に見えてくるから不思議なものだ。
「暑っちぃな。もう四月か」
「そだよー。若人たちは入学式に入社式と新しい日々への一歩を踏み出しているというのに、うちの風太はいつまで燻ぶり続けるのかな?ま、それもあと数時間だけどねー」
「言ってろよ。フン、やる前に喉潤しとこうぜ。ジュース買ってくる、姉貴は?」
「あたしはウーロン茶!黒いヤツね!」
(自販機になくねえか、ソレ)
オレは角にある自販機を通り過ぎて、そのまま反対側の道を通り抜ける。もちろん黒いウーロン茶を買いに行くためではない。
姉貴は馬鹿じゃないが純粋だ。オレの言うことは疑いもなく信じやがる。今までも裏切ってきたはずなのに何回でもだ。
もし、それが傷心したオレへの気遣いだというなら余計なお世話だ。それに、どこかに属するんなら死んだほうがマシだ。
実際に死ぬような場面に出くわしたら?
そん時は死ぬだけだ。




