ざわつきの正体
そんな他愛もない話がしばらく続き、何もない長閑な道を四人乗りのFF車が走る。
何もない――いや、正確には誰もいなくなったという表現のほうが正しいか。
一昔前は住宅街というほど立派ではないものの、人は住んでいたのだ。
けれど今はどうだ、魔獣が出没する地として人が住めるような環境では無くなってしまった。
仕事として魔獣を何匹も刈ってきた。死体は残らず霧散するから築かれることはないとしても、この手で屠ったあの感触はいつまでも残り続ける。
そのことに関しては別に取り立てて思うことはない。感傷に浸る気もない。雑魚は機械的に、歯ごたえがあればゲーム感覚で。それで金を稼いでるからそれ以上の感情はない。
けれど、刈ってきた魔獣の数だけ人が被害に遭ったというのであれば、少しは気が滅入るのも仕方がなかった。
「いねえな、人」
「家は残ってるけどね。住める環境じゃないんだもん、仕方ないよ」
人もいなければ魔獣もいない。
風花の言う通り、魔獣がいないとは言っても、それは今見渡した範囲で見当たらないというだけだ。危険性が減ったといっても0になったわけではない。一パーセントでも魔獣が現れる可能性があるのなら、高くても人が集まる都心に居住することを選ぶ。
「あ、訊きたいこと思いついたから話戻していい?」
「ああ」
そう短く返事を返す。その眉間が少し険しくなった気がした。けど、それでも気になったことは聞いておきたい。この車もあと一時間もしないうちに都内に停車し、しばらく君島くんたちとは会えなくなるだろう。
彼らとこうして同車しているのは、偶然ばったり会っただけ。でも、それもきっと何かの縁だと思うから。
「君島くんって頭良いよね。考えもなしにどこの誰かも分からない人形師と、雫ちゃんの失踪を関連付けた理由って何かな?何か理由が……」
「おいちょっと待て、岡田止まれ!」
君島くんが話を遮る様にそう言った。
「なんですか君島さん。何か良くないものでも見つけたんですか?」
肩を掴まれて慌ててブレーキをかける。
君島は車をこうして半ば強引に停車させることは珍しくない。理由は仕事と私事の半々といった感じで、どうでもいい事で理不尽に停車させられることも少なくない。
例えば安くて美味しそうな中華料理店を見つけた時とか。
しかし、ここは周りに民家の一つもない。だから、後者だと思った。ましてや、部下の失踪の件もあり、心中穏やかじゃないだろう今このタイミングでふざけるとも思えなかった。
「曲がれ、んで道沿いに走らせろ」
黙ったまま君島の言うとおりに従う。恐らくは報告になかった魔獣でも発見したのだろうか。
道を逸れてしまえば集合時間までに着くことは出来ないだろうが、イレギュラーなら仕方がない。魔獣を放っておいて防げたはずの被害が出たのでは本末転倒だ。
「僕は車内で待機、本部に連絡をしておきます」
「ああ、それでいい。工藤も」
「あたしもいくよ。別に心配ってわけじゃない。あたしも見ておきたいからね」
君島は黙ったまま頷くと、ついて来いとでも言わんばかりに森の中に向かって走り出す。
森の中は草木や蔦が生い茂り、満足に走ることのできるような環境下ではなかったが、器用に木々を蹴り速度を落とすことなく、自身の出せる最高速度に近いスピードで軽快に進む。
ちらりと後ろを覗き見るが、自分のすぐ後ろ五メートルほどの距離を開けて、風花はしっかりとついてきていた*。
「どうしたの、君島くん。なんか見つけた?」
「いや、何も」
何を思ったのか急停止する君島。魔獣を見つけたわけではない。殺気と雰囲気とかそういったものを感じ取ったわけでもない。説明できる理由らしい理由など何もない。
けど、何か胸騒ぎがした。
言葉では表すことのできないそんな魂の訴え。理屈抜きの経験則。
(っけ、馬鹿馬鹿しい。そんな訳の分からない理由で他人を振り回したとあっちゃあ俺もいよいよ納め時かね)
「悪ぃ、振り回したな。戻るか」
「待って!なんか、臭わない?ほら、雨と森の匂いに混じって微かに不快になる様な何かが」
踵を返し、もと来た道を戻ろうとする君島を風花が制止する。
「わかんねえ。先行してくれ。ついていく」
風花は頷くと先ほどよりも速度を上げ森の中を駆けていく。視界は変わらず方向も見失ってしまうような景色が続くが、君島も難なくその速度に合わせてついていく。
「ちょっとある。もっと速度上げていい?」
「ああ」
君島の返答を確認するとさらに速度を上げ、木の枝から枝へと軽快に飛び移っていく。傍から見れば人間だとは到底思えないほどの身体能力だ。
(猿だな)
さすがに同じような真似はしない。というよりできない。君島の体重で速度を出すために踏み抜いたら枝先から折れてしまうからである。
「ストォープっ!」
枝の上から何かを発見した風花が地上に降りてきて君島を制止する。その表情から野生の動物や人間であることはないと確信する。恐らく、その視線の先に魔獣がいるのだ。
読みは間違っていなかったのだ。
「ふん、まだ、納め時にゃ早いってわけかよ」
君島は少し嬉しそうな顔をして自傷気味にそう呟いた。




