人形師と獣
「で、その人形師?ってのがやったっていうの。あの雫ちゃんを?」
少女は隣の座席で腕を組み、人を殺しそうなほどの目つきをした男に問いかける。
室内には道路を走るタイヤとエンジンの音だけが響く。
男からの返事はすぐにはなかった。けど、問いただすことはない。すぐに言葉が返ってくると思っていなかったからだ。
“雫の消息がつかめねえ。たぶん、もう死んでるだろうな。お前、何か知らねえか?”
先ほど自身が口にした言葉の可能性を、反芻するように飲み込んでもう一度その可能性を考える。
たしかに、あの誰彼構わず噛みつくようなじゃじゃ馬は、行く先々でトラブルをまき散らすような問題児という言葉を体現したような女だ。
いつだったか連れて行った居酒屋では酔っぱらいの客と口論の末、店を半壊するまで暴れまわったこともあった。
しかも、こちらはシラフだったのにも関わらずにである。あれ以来、酒を提供するような飲食店に雫を連れて行くのは絶対に止めようと誓ったほどだ。
他にも挙げればきりがないほどのじゃじゃ馬娘。そんな彼女の性格には君島もほとほと手を焼いていたが、『強欲』に誘ったのはほかでもない自分であり、その境遇も聞いていた手前強くは言えなかった。
言い換えれば手をかけてやっていたという言い方もできるかもしれない。死ぬほどに恥ずかしいので本人の前では死んでも口にすることは無いだろうが。
口も悪く、乱暴者だが根は優しいやつだ。看過できないほどの悪は見過ごせないだろう。
その、件の人形師とやらがどんな性格なのかは知らないが、被害に遭った人物の状況から見るに接触していた場合、戦闘になっていた可能性は否定できない。
であるならば、戦闘の末、敗北したという可能性もあり得る話ではある。
しかし、雫の異能 獣性『Beast roll』はその攻撃性だけではなく、生存性能にも長けている優れた能力だ。
危険を感知する五感の強化、逃げるための脚力と体力、満身創痍となり窮地に陥ったとしても生への活路を手繰り寄せる動物的な生存本能。おまけに強力なものには機能しないが毒物への耐性もある。
軟な人形師の糸で搦め捕られるほどの女じゃない。そんな糸は嚙みちぎることができるはずだ。
口に出すことはなかったが、君島灸は水無瀬雫のことを高く評価していた。
しかし、評価していたが故、彼女の性格上、長生きできないだろうことも理解できていた。
いつかこんなことが起きるだろうとは思っていた。しかし、それはずっと先のこと。そう考えていたのだ。
「そうだな。わかんねえ。殺ったのは別のやつかもしれねえ。畜生、頭回んねえな」
「……」
運転席でハンドルを握りながら静聴していた岡田は、フロントミラーで君島の顔を確認してその覇気の無い表情に、顔には出さないものの驚いていた。
そんな彼の弱々しい姿を見ていたくない岡田は、後方に映る君島が見えないようにミラーの位置を調整し直す。
「おい、工藤。一応訊いておくがお前、弟いたよな」
暫く流れていた沈黙を君島が破る。
この少女、工藤風花には弟がいる。風花自身も一師団の部隊長を務めるほどの能力者ではあるが、その弟もかなりの実力者だとは聞いていた。
以前、ちょこっと会話に出ただけだが、腕っぷしだけで言ったのなら、恐らく自分とも良い勝負ができると風花は言っていた。
「うん、いるよ!あ、そのぶっきらぼうでクールな感じ、君島くんに少し似てるかな?もちろん風太のほうが可愛いしカッコいいけどね!」
「ところで弟、いくつだ」
「十九」
「頭痛くなってくんな」
当然目の前の少女、もとい工藤風花はその年齢よりも上ということになる。外見だけ見ても中学生ぐらい、よくて高校生ぐらいの少女にしか見えない彼女がだ。
風花はなんで君島が頭を抱えているのかよく分からず、キョトンとした顔をしていた。
「っち、あいつを誘った時いろいろと揉めてたじゃねえか、どうなんだよそこんとこ」
「うん、あたしがどうしてもリベルレギオンに入ってほしくて昼夜問わずに誘い続けたんだけど、絶対入らないって断られ続けてね。仕舞いには殴る蹴るの大喧嘩だったよ。あの子なら絶対に隊長レベルまで行けると思ったんだけどねー」
絶句する君島。想像しようとしたができなかった。殴られるほど嫌がる相手を無理やり従えようとする神経が良く分からない。普通は話し合いだけで解決するものだ。
「どういう仲だよ。つか、殴られるほど嫌がる相手を無理やり従わせるな」
「ん、始めに殴りかかったのはあたしだよ。蹴りだったかな?けっこう前のことだからしっかり覚えてないけど、たぶんあたし」
再び絶句する君島。自分のことを棚に上げるわけではないが、やはりリベルレギオンには変人しか集まらないらしい。そりゃ真っ当な感性を持つ工藤弟が拒否するわけだ。
「おい、もしかして、そのことを根に持ってだな」
「待った待った、君島くん!話が飛躍しすぎだよ?ちょっと落ち着こう!滅茶苦茶なこと言ってるの分かってる?」
少女は手で制止しながら、君島の言葉を遮るようにそう言った。
そう言われて自分の過ちに気がつく。我に返ったように前のめりになっていた身を引いた。
確かに事を焦りすぎているかもしれない。疑うというのはリスクを孕んだ行為だ。疑ったら答えが返ってくると考えているようでは結果を欲しがるだけのただの“強欲”な猿でしかないのだから。




