死亡前線
「ねえ、えっと、大丈夫ですか?傷とかありませんか?もしあるなら。そうだ!えっと、夜深ちゃんっていう人が治してくれますよ!」
「ぅ、うぅ。あ、あなたは?」
少女の手が千寿流の首元にゆっくりと伸びる。一人では体を起こすこともできない程に弱っているのだろう。
よく見てみると全身が少し爛れた様な、薄い火傷のような傷跡が確認できた。千寿流は目を覆いたくなる気持ちをぐっとこらえて少女の身体を抱え込み起こすことにした。
その後、早く治療してもらおうと夜深のいるほうに顔を向けようとした。その時である。
「いけない、千寿流ちゃん!離れるんだっ!」
「へ?」
全身の皮膚を爛れさせた少女。一人きり、周りには誰もいない。遠くからも見えるような視界が開けた位置で体を預けもたれ掛かっていた。それは異様すぎる光景。
夜深はその異変に気付き少女から離れるよう促すが一歩遅かった。
爆音――何かが破裂するような音。瞬間、辺りを真っ白の煙が包み込んだ。
(少し楽観が過ぎたかな。違和感しかなかったがまさか破裂するなんて)
夜深は手で口を覆いながら千寿流のもとに駆けよるが既に時遅し、破裂した少女の肉片と思わしき物体が散らばっている場所から少し離れたところに、顔半分を焼け爛れさせた千寿流が仰向けに倒れていた。
「ちずる~!うわああぁあぁぁあぁ!!しんじゃいやだぁああぁぁ!!」
夜深の後を付いてきたシャルが千寿流の姿を確認すると、大声をあげながら服が汚れるのも構わずに千寿流の身体に抱きつき何度も揺すった。
しかし、一向に反応を示さない。爆発を至近距離で浴びたせいで心臓の側が酷く炎症しており、すでに千寿流は息をしていなかった。
「大丈夫、シャルちゃん。その程度なら少し時間はかかるけど僕が治してみせるさ」
「うわあぁぁあぁ~~ん!!」
あまりの出来事に、夜深の言葉など耳に入らないのだろう。シャルは千寿流に抱きついて泣き続けるだけだった。
(とはいってもちらっと見ただけでもかなり深刻だね。恐らくだけど呼吸も止まってる。早いとこ治してあげたいけど)
夜深の治癒の異能は医者が匙を投げだすような深刻な怪我や病気ですら、魔法のように治すことができる。
しかし、それは何物にも邪魔されない空間でなくてはならない。早い話が周りに障害となるノイズがない状態を維持する必要があった。
身体の痛覚を弄ったり、バラバラに分解して造り替えるといった、治すという行為でなければ雑に行うことも可能である。
しかし、治療となると壊れた部分の“形をあるべき姿に戻す”必要があるため、医療以上に繊細な操作を要求されるのだ。
キィイィイィ!!
上空を旋回していた黒い鳥のような魔獣が爆発音を聴きつけ、こちらを凝視していた。
(やれやれ、次から次へとトラブルを持ち込んでくれるね、ほんと。千寿流ちゃんたちが近くにいる以上痲宮殿は使えない。ともなるとこの数を順に処理しなくちゃいけないって事か)
十を超える捕食者の双眸。その一つが旋回を止めると同時に、無防備な獲物を狩らんと速度を上げ急降下する。
遠くから見ただけでは分からなかったが、その羽、骨格を見ると、鳥というよりは飛竜に近かった。魔獣は今ある生態系からの突然変異と云われているが、こうなると何でもありな気がしないでもない。
「深傘 愚楽黄泉」
夜深が両手を掬い上げるように重ねそう唱えると、地表の間隙から這い出た黒い影が浮かび上がり、頭上にいくつもの真っ黒な球体をつくりあげる。
それらは互いに干渉しあっているのか、引き寄せられては水と油のように反発を繰り返し不規則に空を飛び交う。
「死後の世界は無い。いつだって認知だけがこの世界の全てさ。だから、君の観る景色だけが君の全て。その明けない夜だけがね」
黒は黒に混じる。夜はより深い深淵を求めて現を揺蕩う。そうして見つける。より邪悪な黒色の魔獣を目掛け一斉に球体が吸い寄せられるように向かっていく。
キイィイイイィイィ!?
幾つもの黒い球体が重なり、押しつぶされるように苦しむ飛竜型の魔獣。
しかし、球体は反発し続ける。跳ねてはぶつかり、それを延々と繰り返し続ける。その拷問とも呼べる残虐な行為は魔獣が息絶えた後も際限なく繰り返し続けられた。
やがて魔獣は霧散する。これは未解明の部分が多い魔獣における数少ない共通項だ。生命活動を停止した魔獣は程なくして黒い霧となって消える。
流血の有無はあるが、跡形もなく消える。その点が夜深は気になった。
今の魔獣は鳥ではなく飛竜。そう仮定してみても全く流血しないというのは有り得ない現象。
何度も何度も球体に殴殺され続け、ただの一滴も体液を散らさないというのは異常すぎる事態だ。
違和感を感じ、夜深が上空を見上げると、先ほどまでの影が三倍ほどに増えていた。
それは例えるなら地獄絵図。今まさに一体の魔獣が二体に分裂する様を見た。そのまま際限なく増え続ければ灰色に落ち込んだ空を黒一色に染め上げ、数時間と待たずして絶望という海に沈めてしまうだろう。
けど、そんな状況だからこそ少し楽しくもある。
「ふ、ふふふ……」
「キヨミ お兄さん?」
夜深はその絶望的な景色を観て、どう手を打とうかと楽しげに微笑する。




