断崖都市 大口
目の前には禍々しい、という言葉では表せないほどの邪悪がそこに鎮座していた。
真っ黒に覆われた都市。到底人が住むことなどできないだろうそれらは、大きく口を開けた闇を称えるように不規則に立ち並んでいた。
崩れた高層ビルの影が都市を覆い、まるで巨大な怪物がその黒く染まった牙を剥き出しにしているかのようだ。日中だというのに薄暗く沈み込んだ都市の中には人の気配も生気も感じられなかった。
未だにこの大口という廃街は、覚めることのない悪夢の中に取り残されているのだろう。
(ん、これはなんだろうか?)
そうして目を付けたのは崩れた煉瓦の山。乱雑に積み重なった廃街という舞台を彩る背景には何の変哲もない残骸の群れである。
別におかしい点はない。建物が崩壊したその瓦礫がこの場に乱雑に積み重なったのだろう。
いや、おかしい点はある。
乱雑過ぎたのだ。
ゴミ置き場でもないのにこの部分だけが不自然に破壊されつくしていた。しかも、人目を避けるように崩壊したビル隅で積み重なっている。人為的ではない、それなのにどこか意味のある様な、そんな不思議な感覚に捉われた。
「夜深ちゃん、きて!」
千寿流が呼ぶ。
近づいて千寿流の指さすほうに顔を向けてみる。
空には都市と同じ、真っ黒に覆われた怪鳥が大穴の周りをゆっくりと旋回し続けていた。その数は多く、目視だけでも十羽を超えている。かなりの上空を飛んでいるようで、その姿ははっきりと確認できないがおそらく魔獣なのだろう。
こちらを認識すれば、一斉に襲い掛かってくるに違いないと思った。
千寿流はその絶望としかいいようのない光景に気圧されつつも、周囲を見回して誰かいないかと目で探してみる。
「人は、誰もいないね。でも、ここにクラマちゃんは向かったってことなんだよね」
「あのタクミっていう人の話を聴く限りはね」
「うん、行こう。シャルちゃん、夜深ちゃん」
地表には建物が崩れた破片であろうコンクリートの塊があちらこちらに点在している。千寿流はできるだけ音を立てないよう、平らな地面を選びつつ黒の都市に向かって歩き始める。
大口には誰もいない。いや、正確には自分たちと上空に旋回する魔獣のみがいた。生態も解明されていない魔獣を生物と呼んでいいのかは分からない。けれど、ここにはそれ以外の生物は存在しないようだった。
「だれも いないね。タクミは クラマが ここにむかった って いってたんだよね」
「そうだね、けど、それは彼女自身の意思だったかは定かじゃない。いや、彼の話を聴く限りじゃ彼女は何者かに操られていたと考えるのが普通だよ」
「うん シャルルも そうおもう。ここ おもしろくないもん」
道すがら見ないように目を背けていたが、白骨化した骨のようなものがちらほらと落ちているのに気づく。導から逃げることができなかった人たちの亡骸なのだろうか。それともここで魔獣に襲われて命を落としてしまったのか。分かったところで何の意味もないかもしれない。
こんな風景をまざまざと見せられて落ち込まないというほうが無理な話だ。気落ちしたまましばらくの間、魔獣に見つからないように歩き続ける。
本当にクラマは見つかるのだろうか。もし見つけられなかったとしても、ほんの少しの手がかりでもいい、次に繋がる何かを求めて祈るように歩を進ませる。
「……え、あ、あれ!見てみて!あそこにいるの女の人!人がいるよ!二人ともっ!」
指さした千寿流の方角に目をやると、ここから百メートルほど離れた場所にピンクと白がベースの可愛らしい服を着た少女が石壁に座りもたれ掛かっていた。遠目ではあるが年齢は十代半ばだろうか。どうやら動けないであろうことが確認できた。
「ん、本当だね。でも、なんだかおかしな雰囲気だね」
こんな今日一日を生き抜くだけでも命がけといっても過言ではない場所に女性が一人きり。これが異様な状況でないはずがない。
動けない少女を撒き餌に、物影からほかの魔獣が虎視眈々と獲物を狙っている可能性も十分に考えられる。
(いや、誰も来ないこんな場所で獲物を狩るとしたら効率が悪いか)
仮に命からがら魔獣の手から逃れ助けを求めているとしても、近づくのであれば慎重になるべきだと夜深は考えた。
「ここは近づく前に少し様子を見ようか――ってあれ?」
夜深がそう話しかけようとすると、さっきまでここにいた千寿流の姿が消えていた。
「キヨミお兄さん。ちずる もう あのおんなのひとの ところに いっちゃったよ?」
頭痛が絶えないと頭を少し掻いてからやれやれと仕草を取る夜深。「しょうがない、僕らも行こうか」とシャルに言って千寿流の後に続くことにした。




