魔獣との共存
一行は再び、荒れ果てた荒野の真ん中を歩いていた。砂に紛れつつも道しるべのように細々と続いていた公道も今や跡形もない。大中の岩片を含んだ荒野に三つの足跡が刻まれる。
それは例えるのであれば、この大地を生きた人間が歩いたという物語の証明ともいえるだろう。
しかしそれも一時、時折吹き荒れる横殴りの風が砂埃を巻き上げ、旅人の体力と同時に足跡ごと葬り去っていく。それはやがて旅人の命すら巻き込んで葬り去るのだ。
この地で没したのであれば跡形も残らない。そう考えたら途端に怖くなった。
このまま歩き続けていたら体力のほうが底を尽きてしまう。千寿流たちは早急に次に休める場所を探すため少し足早に歩を進めるのだった。
「ね、ねえ二人とも。そのさ、何かお話ししながら歩かない?疲れちゃって喋りたくないのはわかるけど、喋らないほうがあたしは辛いかなーって」
「うへー シャルルはいいよー さっきたべたおかし ぜんぶ はいちゃいそう」
「いいね、僕は大歓迎だよ。でどんな話題がいい?千寿流ちゃんが言い出しっぺなんだから提案しちゃってよ」
「え?そうだなぁ、う~ん」
千寿流は見切り発車で他人を振り回すこともたまにあるが、リーダーシップをきれる様なタイプではない。どちらかというと振り回されることのほうが圧倒的に多い。
今回も同じで、何か喋りたいなとは思っていたものの、特に話題を提供しようというつもりはなかった千寿流はすぐに考え込んでしまう。
腕を組んだまま「う~ん、う~ん」とうなりながら何か話題になるものを考える。
考えることに必死だったのか、目の前の急になっている斜面に気が付かないまま歩き続けた結果、足を滑らせてバランスを崩し――
「あわわわ、うわぁあぁああぁぁ!?」
そのまま派手な音と共に千寿流が地面にダイブする。坂をおにぎりのようにごろごろと下りながら、二十メートル程度先まで転がっていく。ドリフも真っ青の身体を張ったボケではあるが、面白いという意味では皆無である。
「あれま、今時身体を張ったボケなんてウケるはずもないのに、何やってんの千寿流ちゃん」
「痛たた、えひひひ、でも今のでお話のネタ考えれたよ!」
千寿流は砂まみれになったお尻をぱんぱんと手ではたくと、夜深たちのいる丘の頂上まで走って戻ってこようとする。
「えっとね!その、え?うわ、わわわわ!?」
思いついた嬉しさからか満面の笑みで走って戻ろうとするが、思ったよりも斜面の角度が急勾配になっていたため徐々に速度が落ち、結果――
「うわあああああああぁぁぁぁ!?」
再度勢いよく転がっていく千寿流。
「ぜぇ、はぁ、えっとね、あたしがね、考えたのはね、魔獣とっ!仲良くできないかってこと!」
息を切らして肩で息をする砂まみれの千寿流がそう言った。
駆け上がっては滑り落ち、また駆け上がっては滑り落ちる。まるで回し車の中を走るハムスターのような不毛な努力を五回ほど繰り返し、最後には大の字になって動かなくなった千寿流を見かねて、二人は向かうことにした。
「あのさ、魔獣と仲良くって、それ本気で言ってるの?」
「もちろん本気だよ!」と目をキラキラさせながら語りかけてくる千寿流。その表情を見るにものすごいことに気が付いたと思っているに違いない。
しかし、具体的な案があるわけではない。最初に遭遇した植物型の魔獣や、人型の魔獣。
もちろん人語での会話を介したとはいえ、影の魔獣も意思疎通を図れたのかというと全くであり、とても会話と呼べるものじゃなかった。
結論から言うと不可能であり、この話題に関しては無意味なものだといえた。
けれど、それはたまたまだっただけかもしれない。たまたま理解し合えなかっただけかもしれない。
この世界は広い。世の中には人といっしょに過ごしている魔獣もいて、そういった理解を持っている魔獣と巡り合うことができれば、意思疎通ができない魔獣との橋渡しになってくれるかもしれないと考えたのだ。
「要するに人と魔獣の通訳をしてもらうってこと?いくら何でも夢見すぎだよ千寿流ちゃん。この世界は魔獣なんていう異物質が現れる前から弱肉強食の世界だよ」
この世界の在り方の根本である。
家畜は家畜でしかない。それを愛玩と愛でる者もいるかもしれないが、それも一つの弱肉強食としての在り方だ。どこまで行ってもそれは変わらない。
もちろん、これは人間社会にも当てはめることができるだろう。今でこそ崩壊してしまった人間たちの営みではあるが、ビジネス、政治、芸能、スポーツ、いずれも強い者が生き残り、弱いものが淘汰されていく。
人が人を殺めることも数多くあるだろう。それは歴史を遡ってみてもずっと同じなのだ。
ましてや、捕食者という側面しかない魔獣に対して共存を説くなど愚の骨頂に他ならないだろう。
「違うよ、あたし、そういうつもりで言ったんじゃない。そうじゃないんだよ、夜深ちゃん」
夜深の話を黙って聴いていた千寿流は首を横に振る。
「魔獣が悪いヤツってのはあたしもよくわかってる。でも、一方的に決めつけて悪いヤツでしかないって、そうやってやっつけようとするのは間違ってるんじゃないかなって、そう思っただけだよ」
可能性を信じてみたい。それで痛い目に遭うこともあるかもしれないけど、最初からあきらめたくないってそう思いたかった。甘いと言われたらそうかもしれない、慈悲を持たないこともそれは正しいことなのかもしれない。
けれど、そう決めつけて何も視ないのなら、きっと本当のことにも、その奥の正しさにも目を瞑ってしまう気がしたから。
だから、その可能性の一つが“魔獣と仲良くできないか”という話だった。千寿流なりの精いっぱいの考えだった。
「シャルルは ちずるの かんがえてること よくわかんないけど なんか わかるきがする」
シャルが両手を後ろで組み、千寿流の横に並びながらそう言った。
クラマが連絡を取れないという今の状況は魔獣が関わっている可能性が高いということはシャルも理解しているだろう。結局のところ、影の魔獣も子供をかどわかす悪でしかなかった。
それでも彼女は千寿流の目をしっかりと見て気持ちを伝えた。千寿流の気持ちを汲み取ったのだ。
「えひひひ、それってどっちなのシャルちゃん?」
「さーね! へへへ!」
くるんと一回転しながらそう言った後。
「ちずるが! そうおもったんなら! ちずるが きめればいいよ!シャルルは ちずるのこと しんじてるから!」
シャルはそのまま向こうまで走っていき、手を大きく広げてジャンプしながら千寿流に向かって大きな声で叫んだ。
「まあ、世界は広いからね。君の可能性も捨てずに持っておいてもいいんじゃないかな。ほら、捨てちゃったらゴミに塗れて汚くなるけど、捨てるのっていつでもできるでしょ。じゃ、大事にしなきゃね」
夜深の言い分としてはそれは甘すぎる考えでしかない。けど、それが人という生き物なのだろう。千寿流を見て改めてそう思った。
千寿流はシャルに無言でうなずくと彼女の跡を追っかけて真っ平らな砂の上をそのまま走っていく――が、その途中で砂に足を取られて、塁に出るわけでもないのに顔面から思い切りヘッドスライディングをかますのだった。




