導
断崖都市 大口。
今から八十年近くも昔の話、当時鎌倉と云われ、美しい自然が広がる歴史的な街として各地から観光客が多く訪れていた。かつては国内、海外問わず、様々な人々が交わり、活気が絶えない町であった。
しかし、突如訪れた天災によりすべてを失ったのだ。
灰と黒で彩られた荒廃と死の香りが漂う地区。聳え立つのはビル街。ではなく地表から盛り上がった鉄のように硬化した木々。
それはまるで墓標のように連なり、訪れた者に恐怖を植え付け、大口を開けたように深淵を覗かせるその場所はまさに地獄と呼ぶにふさわしかった。
『第四の導』“クェイク”鎌倉都心直下型震災。
震災とは名ばかりで、その実態は地底から湧き上がる剣山のような地盤異変である。その際に地の底から湧き上がるようにして現れた大穴は、都市に住む住民ごとすべてを呑み込んでしまった。
運よく災害時に逃れることができた者の話を聞くに、逃げ惑う人々の声が溢れたのも束の間、街の喧騒は一瞬にして静寂へと変わったという。
大穴の深さは測り知れず、底には何もかもが消える暗黒の淵が広がっているといわれている。その中に何が潜むのか、絶えず冷たい風がそこから吹き上げ、まるで地獄の息遣いが聴こえるようだった。
「ふぉーすからみてぃ?なにそれ」
「あれ、導について千寿流ちゃん知らなかった?学校で習わなかった感じかな?」
「えっと、そんなの習ったっけ?あたし、そのへんのことしっかり覚えてなくって。夜深ちゃん、教えて!」
導。それは災厄とも呼ばれ、突如としてこの世界に訪れた終焉への道しるべの総称である。しかし、天災であるかといわれるとそうでもなく、導の中には人間が意図的に引き起こしたものも含まれており、その謎は未だに解明されていない。
そんな導についてだが、判明している点は二点ある。
大厄災とともに大地を、そしてそこに住まう人々の命を奪っていく。そして、一定の周期で訪れ、その規模は重ねるにつれ激甚化していくという点である。
当然だが、どちらも今を生きる我々にとって喜べるようなものではなかった。
では導は一体いつからこの地球にやってくるようになったかというと、異能の第一顕現者が現れた時とほぼ同時期らしい。それが二一〇〇年ごろの出来事である。
人々が異能の存在を認知し始めたのは今から四十年ほど前ではあるが、それから八十年ほど前にすでに能力者は存在していたことになる。歴史書にはそう載っているが、その点は曖昧な部分が多く、真偽は定かではないとのこと。
では、この世の理を捻じ曲げる“異能”、そして、原因不明の災厄“導”。この二つにいったいどういった因果関係があるのか。こちらも詳しくは不明だが、どちらも人知を超えた超常現象という点については共通項と云えるだろう。
「まあ、当時は話題になったみたいですけどね。でも終わった話じゃないんですか?いくらなんでももう時間も経ってる。今更気にするようなこともないと思うんですけどね。それに“導はもう終わった”んじゃないんですか?」
二一〇〇年から一定の周期で訪れる大厄災、導。十三年という周期で訪れる災厄は人類にその鉄槌を振るうたびにその規模を大きくしていく。それは繰り返す人類の蛮行に罰を与えんとも言わんばかりに。
『第一の導』“マーダー”名古屋通り魔無差別殺人事件。
『第二の導』“サイクロン”クイーンズランド州-サイクロン。
『第三の導』“テロリズム”アメリカ航空母艦爆破同時多発テロ。
『第四の導』“クェイク”鎌倉都心直下型震災。
『第五の導』“ケミカル”レスコンディート鉱山沈殿池決壊有毒ガス流出事件。
『第六の導』“ウェイブ”日港アウターライズ地震による津波地震。
『第七の導』“ヴァニティ”ノア暴走。
「たしかノアの暴走が二一七八年。そうなるともう四十年も近く前の話ですよね。導の特徴でもある十三年の周期。この法則が崩れてしまっている。もちろん、これは既に世界中に知れ渡っている話ですよ」
十三年ごとに起こる災厄。奇しくも忌み数として忌避されてきた十三という数字と重なった。二一八〇年。来たる不吉の二一八一年、皆が心中に不安と恐怖を募らせる中、とうとう導という災厄は訪れなかったのだ。
もちろん事件や事故がなかったわけではない。交通事故、殺人事件は日夜報道されている。ただ“導”は起きなかった。誰が決めたのか“それらしき事”が起きなかっただけである。
それから十三年、二一九四年にも災厄と思われる事件が起きることはなかったのだ。




