荒廃した地に住む男
静かに音を立てて扉が静かに開く。千寿流たちが音のするほうに振り返ると、そこに姿を現したのはお世辞にも整っているとはいえない、悪くいえばみすぼらしい身なりの中年が立っていた。
「なんだ、お前たち。帰るのか?父子家庭ってのも辛いだろ。別に奪りたきゃ少しぐらいなら構わないぜ」
中年は臆することもなくこちらに真っ直ぐと歩き、夜深の前に立つと目を細めてその顔を凝視する。
どう考えても初対面の相手にする行為ではなかったが、当の夜深が全く気に留める様子もなかったので、ここはとりあえず黙っていることにした。
「お前さん、名前は?よく見るとこの子らの子供じゃないね、こりゃ。あー、まあ皆まで言うもんじゃねえわな。ワケ有りかい?」
「僕は鬼竜院夜深といいます。鬼に竜に寺院、夜が深まるで夜深。こちらの子たちはお察しの通り、僕の子供じゃありません。そっちの狐耳の子が千寿流ちゃん、紫髪の子がシャルちゃんです」
「おう、鬼のあんちゃんね。で、そっちがちぃの嬢ちゃん、シィの嬢ちゃんな」
独特な呼び方だった。中年は顎に携えた無精ひげを人差し指で撫でるように触り、少し考える仕草を取った後、親指で自身が出てきたドアを指さした。
「まあ、こんな何もないとこで立ち話ってのもあれだろ。部屋は狭いが寄ってきな。茶は……正直なところ恵んでもらいてえぐらいだが、水ぐらいなら出すぜ……温いがな」
こんな場所で一人?で生活しているのであれば、当然生きていくだけの食料を確保するのだけでも一苦労だろう。というよりもどうやって生活してるのだろうか?
この家の周りに他に人が住んでそうな家は一軒たりとも存在しない。おまけにこの異常気象だ、加えて日除けになりそうなものも全く存在せず、インフラも途絶えてしまっているのであれば室内は制御の利かないサウナであり、灼熱地獄そのものだろう。
さっきワケ有りかい、と聞いてきたがこの人のほうがワケ有りに見えてならない。ただ、あんまり他人の踏み入った部分にずけずけ踏み入るのも躊躇われる――と千寿流は考えていた。
「おじさん なんでこんなとこで ひとりで すんでるの? おともだち いないの?」
(しゃ、シャルちゃん~~!)
心の中でシャルを咎める千寿流。シャルは良くも悪くも素直でどこまでも無邪気すぎる子供だった。
「友だちなんざいねえよ。ほら、いつまで突っ立ってる。さっさと入りな」
招待されてドアをくぐった玄関先で見つけた靴箱に、靴を入れようとブーツに手をかける千寿流。
「おっと、ちぃの嬢ちゃん。ここは土足でいいんだ。土足って分かるか、靴を脱がなくていいってこった」
「え、そうなの?っていうかあれ、涼しい。え?え?」
土足でいいと言われたことよりも想像とは違う、快適すぎる室温に驚きを隠せない千寿流。気温にして二十五度前後だろうか、日本の夏特有のあの茹だる様な蒸し暑さも微塵もなかった。
また、そこから眺めていた時よりも奥行きが何倍にも感じられ、コンクリート造りの内装は魔獣から身を守るだけの堅牢性とともに、美しさや快適さを追求するデザインが広がっていた。
天と地のような落差。例えるならこの家の中と外の世界で座標が大きく歪んでいるかのような、そんな印象を受けた。
そうだ、この感覚は結九里を出た時にも体感したことがあったような気がする。
空間が歪んでその先が無限に広がっていくような感じ。錯覚とかでは片づけられないような肌身に実感できる異変。
もしそれでも錯覚という言葉で片付けようとするのであれば、脳内で感じる感覚ごと騙されているのだろうか。例えば時間の流れが遅くなるとか。そんな感じだ。
「おう、だってこの家はここに在ってここに無えんだから当然よ」
「へえ、それはまた興味深い話ですね。その話を詳しく訊きたいのは山々なんですが、ね、千寿流ちゃん」
何か言いたいことがあるんだろうと、その先を促させるように夜深は話を振る。中年の発言は千寿流も気になる部分はあったものの、そう促された千寿流はハッと思い出す。
そうだ、あまりの暑さにこの旅の目的を忘れるところだった。
「えっと、その、あの」
「おう、俺は牧野タクミってなもんだ。気軽にタクちゃんって呼んでくれても構わないぜ。昔は怪しげなサーカス団とか転々としながら日雇いで稼いでたもんだが、なかなかそれだけでやってけねえてのが現状でよ」
「え、えっとですね、タクちゃん!」
子供好きなのか饒舌に語りだすタクミ。放っておくとそのまま自分語りの旅に出て、当分戻ってこないような気がしたので慌てて間に入る千寿流。
ぶっちゃけると怪しげなサーカス団とは何か気になる。仮面舞踏会みたいな感じで出演者がみんな素顔や素性を隠して挑むようなものだろうか。正直、突っ込んで訊いてみたいことも多かったのだが、とりあえずもろもろは置いておくことにする。
「お、おう、タクちゃん、ね。なんつーか、嬢ちゃんみたいな子供に言われるとなんかむず痒いな」
タクミから言い出したことだが、ほんの冗談のつもりだった。掴みとして気さくな印象が伝わればいいと考えて半ば形式的に言っただけだったのだが、まさか幼い千寿流がそのまま名前で呼んでくれるとも思っていなかったので、少し面食らってしまった様子だった。
「っていうかよ、おたくらなんでこんな辺境の地に来たんだよ。ここの近くにゃヘンテコな遺跡しかないぜ。おたくら、考古学者ってわけでもないんだろう?」
「えっと、その、あたしたち、人探しをしてるんです!」
「人探し?」
「その、クラマちゃんって子知りませんか?その見た目はですね……」




