小さな主とあたしと
「あの子は私たちには心を開いてくれないんだよ」
「貴方には借りもあるものね。今回は特別よ。会うだけでいいのなら会ってあげてもいい」
そうだ、あたしは――迷子になって。
暗転する世界。誰かの声。昔の記憶が断片となって甦る。
「貴方に心を開かないなんてなかなかに骨のありそうな子なのね。もちろん、異能は使ってもいいのよね?」
肯定の言葉は無い。ただ、その不安げな表情が答えを示していた。
「わかってるわよ。そんな顔をしないで頂戴……ここね、彼女のいる部屋は」
そう優しく語り掛けるのは紫髪の少女。三日月館の主。
「……入るわよ、千寿流」
思い出した。ここは三日月館だ。けど、思い出せるのはそれだけ。
けれど、霧を払うように少しづつ昔の光景が蘇ってくる。
少し時間を経て、落ち着きを取り戻した千寿流よりもほんの少し小さな少女。
茶色のリボンを結んだメイドが着ける様なヘッドドレス、ディープパープルの髪を二つ低めに結い、くるくると強烈なロールを描いている。いわゆるドリルヘアというやつだ。
紫を基調とし宝石をあしらったフラウンススリーブにアシンメトリーにデザインされたロングスカート。服は暖炉の煤で汚れてしまってはいるが、全体的に纏まりが有り高級そうな印象を受けた。
(この子が三日月館の主……主って偉い人の事だよね?)
「クラマ クラマ どこなのぉ」
(クラマ……ちゃん? 誰だろう。この子の友だち、かな?)
先ほどから紫髪の少女がひっきりなしに呟くクラマという人物。なんとかして思い出そうとするものの、千寿流は心当たりが全くない。
「えっと、その、クラマちゃんって子、あたし知らないんだけど」
「クラマ~~~!」
「う~ん」
ぎゅっと抱きつかれる。なんとかしてあげたいが、正直なところ自分の立場も現状芳しくなく、どうにかしてもらいたいのはこっちのほうだ。
内心思っても自分より小さな子に助けを求められてはそんな事も言いだせない。これには千寿流も参ってしまう。
「と、とりあえず、ここから出ない? こんな狭いところにいたら、その、クラマ……ちゃん? も見つからないよ」
いつまでもこんな狭いところにいたくない千寿流はそう提案する。それに再度抱きつかれて上半身はもうグチョグチョに汚れてしまっていた。服を洗いたいのだ。
「いやだ! シャルルは ここから うごかない!」
「え、えぇ~」
シャルルと名乗る少女はきっぱりと否定する。
どうやらクラマという人物が見つからない限りは、梃子でも動かないらしい――だけならいい、先ほどから千寿流の服を掴んで離そうとしないのだ。これでは一生このまま動けない。
千寿流はどうすればいいか考える。
「えっと、シャルルージュちゃん……そうだ、クラマちゃんの事、えっと、あたし知ってる! 思い出したんだよ!」
口を衝いたのは思い付きの出まかせ。クラマという人物など全く心当たりはないが、そうでも言わなければ堂々巡りだ。
「ほんと!? シャルル ちずるに ついてく!」
千寿流の目線が泳いでいる、ひきつった顔を見れば嘘を吐いていることなど、誰もが看破出来そうなほどに白々しかったが、少女は二つ返事で頷く。
(あれ、あたしの名前、さっき言ったかな? まあいいか)
「よぉしっ! じゃあ、あたしについてきて! あ、その前にお風呂知らない? ほら、あたし、顔もべちょべちょだし、服も着替えたいし」
「ん ついてきて!」
その後、千寿流は涎まみれの顔で風呂を探して一時間ほど館内を彷徨う事になるのだった。
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