岩壁の攻防
「夜潜 千手夜行」
夜深がそう呟いた瞬間、千寿流たちの落下位置よりも下の岩壁から黒い腕がいくつも現れ、岩壁を抉りながら格子状に向こう岸まで伸びる。
(即席じゃあこれが限界だね。まあ、これは少し運が絡むけどしょうがない。君の悪運に賭けてみようか。なんて、これは誤用だっけか?)
砕けた岩片は伸びた腕に運ばれ、何もない奈落にまばらに岩の橋を築き上げる。
「ぎゃぴ!?」
顔から岩壁に激突する千寿流とシャル。
お尻だけ突き上げた間抜けな格好のまま、強打した顔面を抑えながら顔を見上げてみる。最近こうして高所から落ちる機会が多い気がするのは気のせいだろうか。
「いったぁ~、あっわわわわっわっわ!?」
突然地面が動き出す。振り落とされないように二人は足場である岩片にしがみ付く。
止まることなくそのまま勢いがついた岩片は壁に激突し、千寿流たちは向かい側にいくつも空いた横穴の一つに放り込まれる。
「あう、もう、なんなの、これ?」
「きゅ~~」
転がり込んだ際にぶつけた頭をさすりつつ体を起こしてみると、目の前に大の字に伸びているシャルがいた。
どうやら千寿流を助ける際にかばう形で岩片に叩きつけられたようで、千寿流よりダメージを負ってしまったようだった。
(ごめんシャルちゃん、あたしのこと助けてくれたんだよね。あたし、よくわかってないけどそんな気がする)
ひりひりと痛む体を捻る様に動かしてみる。大丈夫、身体は痛いけど一応動けるみたいだ。
ただ、橋から落下してから目まぐるしく景色が入れ代わり立ち代わり変化したので、軽い酔いのようなものが頭を支配していた。
酔いを振り払うように頭をぶんぶんと振ってみる。余計に酔ってしまったような気がしないでもないが、ひとまず真っ直ぐ立てるから大丈夫だろう。
(っていうか、ここどこなんだろう?)
とりあえずは状況判断が優先だ。周りは何も視えないというわけではないが、かなり暗い場所ということが分かる。
左に首を向ける。奥に行けば行くほど深い暗闇が広がっていた。続いて右を向いてみる。左とは逆に徐々に明るくなり、その先に岩壁があった。
いや、岩壁があるのではなく、視えるのだ。どうやらここは岩壁に掘られた横穴の中のようだった。
(よし、じゃあ、光がある右側に進めば外に出られるよね。シャルちゃんを負ぶっていけるかな、あたし)
シャルの体重は身長も低いが、体重も相応に軽く二十三キロ程度しかない。
とはいっても気を失った人間まるまる一人を背負えるのかというと話は変わってくる。
人間に関わらず、生物は生きているうえで“重心”を常に取り続けている。意識があれば自分の体勢を保つために無意識にバランスを取り続けているのだ。
それはたとえ一歳に満たない赤ん坊でも、犬や猫のような四足歩行の動物でも変わらない。つまり、背負われる側も背負われることに意識を割いて、負担を軽くしているという話である。
つまり、気を失っているとなれば重心は分散され、通常よりも重たく感じるというわけだ。そんなことも知らず千寿流は気を失って伸びているシャルを背負おうとするが。
「うわぁ、っとと!?」
(あれ、シャルちゃんこんなに重かったっけ? 前になんとなく遊びでおんぶし合った時は、こんなことなかったのに)
バランスを崩しそうになり、慌ててシャルを地面に下ろす千寿流。
背負っていきたいのは山々だったが、ふらついてそのまま壁に激突してしまっては元も子もない。
「ごめん、シャルちゃん! あたし、ひとまず外の様子見てくるね!」
気を失っているシャルに両手を合わせ謝罪をしてから、駆け足で外の様子を伺おうと出口に向かって駆けていくが――
シュルルルルルルッ!
明るかった出口に電車が通るように映像が流れた。ソレは赤と黒が交互に並んでおり、光を遮るように緩やかに流れていった。
その正体は一見で理解できなかったものの、身体の芯がブルっと震え警鐘を鳴らす。
「えと……今の、何?」
いきなりの出来事の連続に頭が追い付かない千寿流は、誰ともなく疑問を投げかける。
目の前に起こった疑問を整理しようとするものの、何の面白みもない赤と黒の映像が流れたのも数秒だけ。すぐさま視界は先ほどまでの岩壁へと切り替わる。
「……」
千寿流はよく理解できないまま、出口へと恐る恐る歩を進めた。
歩いた距離は長さにして三十メートル程度だったものの、狭い空間のせいで閉塞感を感じていた千寿流は、ようやく拝める外の空気に笑顔で一歩を踏み出した。




