囮作戦
「囮作戦の要は君だ、千寿流ちゃん」
「君にしかできない」
「君が子供たちを救うんだ」
そう言われてあたしは今、深夜の三ツ池の森の中、一人体育座りで座っている。
夜の森は怖い。怖すぎるといっても過言じゃない。昼までの薄暗い森の中は怖かったのに、夜ともなれば次元が違う。
昨日は一人でも大丈夫だっただろうって? そりゃ、昨日は怖いとかそんなことでさえ考える余裕がないぐらい、全力で走ったから大丈夫だっただけ。
普段のあたしは自分でも情けないぐらいの怖がりで、臆病者で弱虫の泣き虫だ。
正直怖すぎて少しちびっちゃったのは内緒。
シャルちゃんにも「がんばれ ちずるなら ぜったいにできる! やればできる! がんばれがんばれ!」って言われた。
やれば出来るって、座ってるだけでいいからまあそりゃそうだと思うけど。そうじゃないんだよなー、なんてセルフツッコミでも入れてみる。そうでもなきゃやってられないよ。
少し肌寒いのは気候のせいだろうか、それとも別の何かが原因かな。
昼間は何ともなかったのに夜になって恐怖が心を侵食したのか、誰かからの視線をさっきから引っ切りなしに感じる。
スマホのライトの灯りは夜深ちゃんに言われたから消した。これじゃあゲームもできない。
シャルちゃんはホテルにいて声をかけられたんだから、そんなことしなくても良くない? とか思ったけど、人か魔獣かを区別するためには一番手っ取り早いと言われてしまった。
だから、辺りは暗闇だ。光が一切ない世界。
あたしから何も見えないように、あちら側からも何も目視できないはずだ。だから、視線なんて、そんなの感じるはずないのに。さっきから寒気が収まらない。寒いのか暑いのかよく分からない。
お尻が痛くなったので座り直そうとしたその瞬間、木々が騒めいた。
「っひ!?」
影すら飲み込んで溶けていくような暗闇の中、その暗闇を飲み込むような黒が目の前に現れる。
【「キミ、チガうねェオ……」】
くぐもった様な二重唱の様な、そんな人間離れした声が聴こえた。
それは最後まで聴きとる前に溶け、深く沈み込み辺りの闇を黒に染め上げていく。
「え? え?」
目の前は真っ暗のままだ。だから本当に消えたのかは分からない。けれど、目の前が歪み胡乱な何かが現れ、それは音を発し、消えた。千寿流は感覚だけでだがそう感じた。
そして次に襲い掛かる不安という恐怖。目の前の闇は無限に広がり心まで覆いつくしていく。気づいた時にはもう、何も考えることができなくなっていた。
「ぐっ、ぴッ!?」
恐怖に震える身体、突如首に巻きつく影。きつく締め付けられ千寿流の体ごと宙に浮かび、大木に括り付けられる。
あれだけ空虚だったその影は質量をもち、そこに存在していた。
【「だから、ヤミのナカ。シンソウもシンリも、ヤミのナカにカエる」】
徐々に体が地面から離れていく。それと比例して首に巻き付いた影は締まり続ける。脳に血液が送られなくなり、意識が徐々に希薄になり始める。そのままでは絞殺されてしまう。
「か……ォ……お……」
「夜潜」
千寿流の首を締め上げていた影が変形し、不規則に暴れだす。
一定の形を保つことができなくなった影はその力を緩めるしかなく、解放された千寿流は宙に投げ出される。
「シャルルが キャッチ するぞー! ぎゃふん!?」
「シャルちゃ、わわわわわわっ!? ぷぎゅ!?」
投げ出された千寿流の落下地点とは全く違う方向に、勢いよくヘッドスライディングで滑り込んだシャルは、そのまま千寿流を通り過ぎて、目の前の大木に顔から思い切り体当たりしてしまった。
千寿流もそのまま空中で一回転したあと、地面に着地して顔面を強打してしまう。
「何やってんの君たち、体張ったにしてはいまいち面白くないよそれ」
「痛ぁ、ひどいよ夜深ちゃん。あう、痛い。でも、えひひひ」
「うっわ、なにそれ。ドMの癖あんの、君?」
真っ暗なので声の聴こえてくる方角しか情報はないものの、なんとなく目の前にいてくれる気がした。
首を絞められるのは流石に予想してなかったが、こうして助けてくれるとわかっていた千寿流の口から自然と笑みがこぼれてしまう。
「あ、シャルちゃん! だ、大丈夫!? どこにいるの!?」
「ここ~ だいじょうぶ~」
その声を聴くやいなや、シャルがいる場所とは違う方向に駆けだす千寿流。真っ暗なので仕方がないわけだが、今の時間帯が昼であれば何とも滑稽な絵面になっていただろう。




