互いの届く距離
「ねえ、千寿流ちゃん。君は自分が危険な目に遭うことになったとしても、誰かを助けたいかい?」
唐突に投げかけられる質問。すぐに答えは返せなかった。
千寿流はその言葉の意味を考える。
“危険な目に遭う”。それがどの程度のことかはさっぱりわからないが、先日の植物の魔獣、ビル街と青年の腕を吹き飛ばした人型の魔獣、シャルを連れ去った影の魔獣。どれもが一つ間違えれば死に直結する出来事ばかりだ。
「無理だよ、あたしには」
数分悩んで絞り出したのは情けない言葉。
だって、そんなのしょうがないじゃないか。怖いものは怖い。誰だってそうだろう。
体がズキリと痛んだ。まだ、あの夜の傷がじわじわと弱いあたしを苛んでいるみたいだ。
「そっか、でも、君は助けようとしたよね、シャルちゃんのことを」
そう言われて自然とテーブル越しのシャルちゃんに首が向いた。
急に見つめられたシャルちゃんは、あたしの顔が悲しそうだったからなのかな。人差し指で頬をへこまして変顔をつくった。面白くはないけれど可愛かった。
「ううん、助けられなかったよ。あたし、あきらめちゃったもん」
「そうだね、君は途中であきらめた。力尽きたんだ。けれど、こうしてシャルちゃんは今目の前にいるじゃないか」
指の角度を変えて変顔を作り続けてるシャルちゃんを見る。やっぱり可愛かった。
「君は意識がなかったから分からない部分かもしれないけど、シャルちゃんのほうから君を見つけに来てくれたんだよ」
人は独りで生きていけない。だから、家族がいる。だから、友だちを、仲間をつくる。
「君の手はあまりにも短い、君の足は少ししか歩けない。君だけでは届かない。それならお互いが手を伸ばしあえばいい。一方的な押し付けなんて、そんなの友だちじゃない」
一人が手を伸ばして届く範囲なんてたかが知れてる。けれど、二人が伸ばし合えばその距離は倍になる。「ほら、僕よりも遠くに届くでしょ?」そう言って夜深は腕を伸ばして見せた。
こうしてシャルが無事で帰ってこれたのは、千寿流が満身創痍になりながらもシャルを探したから。そして、シャルが自身の過ちに気づけたこと。そのどちらもがなければ成立しないのだ。
そういえば星一朗にも言われた気がした。“どれが欠けても成立しない”って。あの時は意味がいまいちわからなかったけど、今、ようやく理解ができた気がした。
「うん、だよね。あたし、独りじゃないんだよね」
落ち込んじゃうのはやめよう。
あたしにはシャルちゃんがいる。夜深ちゃんもいる。
それだけで、今日は頑張れそうな気がした。
上を見上げると青い空を彩る様に添えられた、真っ白な雲がぷかぷかと浮かんでいた。まるでソフトクリームのようで美味しそうだった。
「おいしそうだよね ちずる」
「え、べ、べつにあたしそんなこと思ってない、よ?」
千寿流の体の痛みが引くのを少し待って一行は件の森、三ツ池に訪れていた。
「よぉし! 行こう、みんな!」
夜深の異能による治療もあって、すっかり元気になった千寿流は、先陣を切って森の中に突き進もうとする。
シャルも千寿流の後に続いて森に入ろうとするが、夜深に制止される。
「ちょっと君たち。考えなしもそこまで行くと幸せ者だね。あの影が活動するのはおそらく日が暮れてからだよ」
「へ?」
千寿流は、昼寝を邪魔された猫のように目を丸くして振り返る。
シャルも無事見つかり、自分の怪我が完治して、夜深がついてきてくれる今、怖いもの無しと息巻いていたのを出鼻で挫かれる。
「だってそんなの当たり前じゃないか。影の魔獣は臆病者という話で決着してただろう。そんな奴がこんな昼前のカンカン照りの中活動すると思うの? もしかしなくてもさ、千寿流ちゃんってやっぱり馬鹿だよね」
「うっ! そ、それはそうかもしれないけど。じゃ、じゃあさ、なんでこんな時間にこんなところまで来たの、夜深ちゃん。どうせなら夜になってからくればいいんじゃないの?」
「シャルルは あんなばけもの こわくないよ! よるでも だいじょうぶ!」
千寿流の言うことももっともだ。シャルが戻ってきてくれた今、わざわざ急いで行動する必要もないだろう。どこかに潜伏しているのを誘き出さないといけないなら、夜間に活動する夜探したほうが効率がいい。
「そう、効率ね。効率っての大事よね。夜に活動するってのはもう分かってる。だから、これでいいんだよ。相手さんの習性が解ったんなら、それを利用しない手はないでしょ」
そろって首をかしげる二人。千寿流たちにはいまだに理解ができない。
夜深はシャルを横目で見た後、千寿流に視線を向ける。
ドキリとする。何か嫌な予感がするのだ。こういう時の勘に限って当たる。
これって特技? 自慢できる? 馬鹿かあたしは。そんな嬉しくもない特技なんか自慢になるわけがない。
「ほら、幸いこっちにはおあつらえ向きの少女が二人もいるじゃないか。シャルちゃんはもうバレちゃってるからね。だからね、千寿流ちゃん、君に囮になってもらいたいわけだよ」
ほらね、やっぱり。




