わたしがトレジャーハンターになったワケ
「ねえ、アリィちゃん」
「なんですか、ちずちず?」
「んー。うんと、やっぱりいいや。ごめん、何でもない」
「どうしたんですか? 夜、眠れないんですか?」
時間は少し遡る。これは風太から、修行の為「銀ノ木に向かうのは少し待ってほしい」と言われ、アリシアが幼少期の時の話をした、その次の日の夜。
千寿流は、アリシアが辛い子供時代を経験していたことを知り、自分の記憶に欠落があることが、不幸な事なのか、それとも、知らないことにより“今を笑っていられるのか”悩んでいた。
どこかで聞いた。記憶喪失の原因の一つに“酸鼻な現実からの逃避”があると。いわゆる解離性障害。もしそうならば、過去を探すことは、辛い現実を受け入れることに他ならない。この旅の意味も辛く悲しい結末を迎えることになる。
まだ十歳という年端も行かない千寿流にとって、その事実はあまりにも重荷であり、一人で耐えきれるような不安ではなかった。恐怖を恐怖と容認することもままならず、ただ漠然と浮かぶ暗雲に心を乱され続ける。
時計を見る。時刻は十時。いつもならもうすでに眠ってしまっている時間だ。だというのに眠くなる気配はない。今日は朝から動き詰めだったというのに、一向に目蓋が落ちてくれないのだ。
「ちずちず。昨日は暗い話をしちゃいましたね。けど、今どうしてわたしがこんなに笑顔でいられるか分かりますか?」
「分からない。どうして、アリィちゃん?」
その答えはきっと今、最も千寿流が欲しているものに違いなかった。
「それはですね。イヤな事ばかりではなかった。ただそれだけなんですよ」
開けたカーテンの先、どこか遠い目で夜空を眺める。疎らに輝く星々は、まるで人の生き様を現しているようだ。大小の輝き。不規則に、だけれども規則的に。神々しくも儚く。矛盾しながらもその美しさは普遍的だ。
それはいつの時代だってきっと変わらない。あの日のアリシアもきっと、そう思うことが出来たから、こうして今を笑っていられるのだ。
「せ、せんぱ~いっ! ま、待ってください~!」
穏やかな昼下がり。暖かな陽光が雪原に反射して、どこまでも白く、やさしく世界を包み込んでいた。風はほとんどなく、空気は澄んでいて、吐く息がふわりと白い綿のように漂う。季節は夏だというのに、英雄変革による異常気象が、この辺り一帯の気候を冬景色に変えていた。
雪の上を駆ける足音が小さく跳ね、後ろからあがる悲鳴交じりの声が静寂の丘に響いた。振り返れば、フラフラとした足取りで坂を登ってくるのは、霜月雪。わたしの後輩、兼親友だ。
やっとの思いで追いついてきた彼女は一面の雪原にも拘らず、堪らずにその場で座り込む。その頬は紅潮していて、もう一歩も歩けないと表情が物語っていた。
「雪~、もちっと体力付けたほうが良いよな~。雪は胸デカいし、日頃の運動を疎かにすると、どこかの誰かさんみたいにぽっちゃりぷにぷにになっちゃうぞ」
「誰がぽっちゃり体形ですって?」
「誰もお前の事なんて言ってないぜ?」
ナチュラルセクハラ&失礼発言をしたのは悪友でもある本鈴沙希。
わたしが一時期、住み込みで働かせてもらっていたお店の一人娘だ。今の発言から分かる通り、歯に衣着せぬ良くも悪くも裏表のない子で、言いたいことはズバズバ言う。子供の頃から探検好きで、冬だろうが夜中だろうがお構いなしに家を抜け出しては、よく親に怒られていたそうだ。
そんな彼女の存在が、わたし――アリシア・フェルメールが“トレジャーハンター”を目指すきっかけになった一つであることは確実だ。
日本でトレジャーハンターというと余り聞き馴染みがない気もするが、職業としてはしっかりと存在している。いわゆる埋蔵金ハンターやら骨董品収集家もそれにあたるのだが、ここでいうトレジャーハンターは少し違う。
わたしが目指しているのは未踏の地の開拓。英雄変革により各地の地形、気候の変化。それに伴い、この時代には未踏の地と云うものが多く散見されており、調査や開拓という意味でも、政府公認の正式なトレジャ―ハンターとしての職業は需要があるのだ。
けれど、この仕事がけっして楽な仕事ではないことは想像に難くないだろう。
だから、別にこれ一本でやっていくつもりなんて全くなかった。ただ単純に家族を全て失ったわたしには、自由気ままなトレジャーハンターという仕事が合っていると思っただけだ。他の仕事と掛け持ちでもよかったし、それこそ魔獣狩りとかと掛け持ちすることもできると思った。
「ほれ、ウーロン茶だ。まだ温かいし、冷めないうちに飲めよ」
「あ、ありがとうございます――あぢゃッ!? あっづぅうぅ~~!」
「わ、悪い。熱かったか? あれ、別にそこまで熱くないけど」
「雪は猫舌なんですよ。ってあれま、本当に熱くないですね」
「あぅあ゛うぁ~、飲もうとしだ時に、舌がんじゃっだせいでず~」
「ぷっ、あははははは!」
二人の笑い声が誰もいない雪原に響き渡る。それに釣られるように雪が笑う。下らない話で笑い合う、この時間が堪らなく愛しかった。
「さて、方角はこっちですね」
遠くの山脈は雪に覆われ、その向こうにはまだ誰も踏み入れたことのない洞窟があるという。
これは心躍らずにはいられない。トレジャーハンター(研修見習い)の血が騒ぐ。未知が既知になる瞬間の快感を本能で理解していた。見たことがないモノは面白い。想定外の魔獣すらも興味の対象だ。
だから、踏み慣れた雪の軋みさえ、鮮明であり新鮮だった。
やっとこさ、雪ちゃん(過去)の登場です。




