見世物2
「……」
「ふふふ、その顔、当たってました?」
風太はもともとポーカーフェイス、というよりも駆け引きが得意な方ではない。
日常でも戦闘でも、己の直感を主軸に、その場の感覚や経験則で動くタイプである。そういう意味ではマジシャンと対極の位置だともいえる。水と油、交わることは出来ない性。
「あー正解だよ。その歳で見事なもんだな」
そもそも、声を掛けられた時点で嫌な予感はしていた。それは同時にこの少年にも同じことが言える。きっと、彼にはイラついていた風太のことが面白いオモチャに視えて仕方がなかったのだろう。
「別に驚くようなことじゃないですよ。だってホラ、お兄さんの引くカードはどれを選んでも同じ、決まっていたのですから」
そう言いながら手に持っているトランプの束を流れるような手つきで裏返す。そこには一面、ずらりとジョーカーのカードがきれいに並んでいた。
いわゆるトランスポジション、デック・スイッチと云われる技法だ。先ほど手に持っていたカードの束は、通常のトランプと同じジョーカーを一枚加えた五十三枚だった。それは見逃さない。しかし、今開いて見せられたカード群はジョーカーのみ。
タネについてはよく分からないが、どうせパーフェクトシャッフルみたいな技法で誤魔化しているのだろう。規則的に動くカードを眼で追っていればそれらしい予想は立てられる。
「それを含めて凄えって言ったんだ。ほらよ、駄賃だ。珍しいもん魅せてもらったぜ」
そう言いながら風太は財布から一枚の札を取り出し、軽く指で弾いて少年の胸元へと投げた。ひらりと舞った紙幣は、風の流れを掴むようにして少年の手の中に吸い込まれる。
「ありがとうございます。お兄さんこそ、凄いですね? 今日は強くはないとはいえ風が吹いています。そんな中、紙切れ一枚を宙に踊らせ、僕の手元に収める。コレ、狙ってできる様な事じゃありませんよ」
「……」
もう付き合う気はなかった。風太が背を向けこれ以上話に付き合う気はないと、意思表示をしようとしたその時、背中越しに呼び止めるように声を掛けられる。
「そう、マジシャンにはちょっとした予知能力があるんですよ。ぼくなんてただの子供ですからね。こんな大勢の前で堂々としてられるほどメンタルなんて強くない。先に何が起こるか判っているからこそ、こうして堂々と立ち振る舞える。実はね、お兄さんが最初に選んだカード、あれだけはお兄さんの意思で選び取ったカードなんですよ」
薄気味の悪さが、背筋をヒタリと這いよるのを感じた。それは真綿のような、それでいて蛞蝓のような、矛盾した気持ち悪さを持っていた。それが本当ならあらかじめジョーカーのみをデックに仕込ませることなんて出来ない。つまり、ジョーカーを引くことを予言していたということになる。
いや、だから何だという話。別にどちらだろうと興味は無い。周りをちらりと見渡せば、先ほどよりも客の数が減っている。時間ももう遅い、もうお開きの時間なのだ。だとすれば、これは彼なりの一種のファンサービスというヤツかもしれない。
「あばよ」
その一言を残し、風太は踵を返した。少年からの返事はなかった。背後でカードが一枚、一陣の風に乗って舞う音だけを残して。
喧騒に溶けていく背中を、道化の少年は無言で見送った。秩序に並ぶネオンの光が横顔を掠める。その光に照らされて、唇がわずかに歪んだ。
「名前訊いておけばよかったな。けど、面白い人、ほんと」
風太がいなくなったことで、また観客が騒めき始めるが「ああ、今日はもうお仕舞です。最後までありがとうございました。またの機会はご贔屓に」と終了を告げる。拍手の中マントで自身を包んだ後、そのまま跡形もなく忽然と消失した。立てられていたテーブルも、椅子も、トランプも、小道具も何もかもが消えた。
それは見事としか言いようがない人体消失イリュージョン。きっとその場にいれば、呆然と開いた口をそのままにするしかない。この一時全てがまるで夢のようにも錯覚できただろう。
そう、夢のような出来事と。




