見世物
(っち、どこを歩いても監視されてるってのは落ち着かねえな)
風太は小さく舌打ちし、手をポケットに突っ込んだ。
彼の人並外れた感覚が無音で動くセンサーの視線を鮮明に感じ取る。彼にとって魔獣との戦いは日常の一部であり、感覚の衰えはイコール死に直結する。故に巧妙に隠されたセンサーの視線すらも敏感に感じ取ってしまい、落ち着くことが出来なかったのだ。
不機嫌な顔を隠すことなく、肩をすくめながら通りを抜けていく。自動走行車が滑るように交差点を横切り、歩行者用のレーンには淡く青白い光が流れていた。彼の足音は周囲の喧騒に紛れて誰にも聴こえない。
(この街の風には匂いが無え。一見、入り乱れて混沌、だがその実、中身が無え伽藍洞だ)
それは存在の希薄。この街ではあらゆる生命の形も数列に並ぶ一でしかない。行き交う人は皆揃いも揃って笑顔だったが、楽しそうに笑っていても、本当に楽しいと感じているのか。笑顔すらも風太の目には希薄に感じられたのだ。
「あーお兄さん! なんか、イライラしてますねぇ。何か嫌なことがあった日は楽しいものでも見て、イヤーな気持ちごとパクっと喰べてもらうのがおススメですよぉ?」
その後、何の目的もなく歩いていると、奇抜な格好をした少年に呼び止められる。
視界の隅に広げられたトランプを確認する。ストリートマジックかなんかの類だろう。人はさほど集まっている様子はなかった。興味の欠片もなかったので、その声の主に向き直ることなく、風太は無視を決め込んだままそのまま素通りする。
「ちょっとちょっと! お兄さんですよ! そこのトゲトゲ頭のお兄さん! ちょっとっ! ウニ頭のお兄さんっ!」
「今テメーの物言いでイラついたんだが。なんだコラ? 責任取って笑顔にしてくれんのか、あぁ?」
“ウニ頭”という言葉に反応して、風太が眉間の皺をぴくつかせながら少年の元へと戻ると、苛立ちを隠そうともせずに少年に詰め寄った。
青に赤いメッシュの入った髪に同じくカラフルなジャケット、目元には道化を模したようなペイントのライン。歳は十四、五、六、の割には落ち着きがある。その辺りは表舞台に立ち続ければ嫌でも身につくだろうか。歳不相応の妙に洗練された仕草が逆に違和感に感じられる、独特の雰囲気を放っていた。
「いいですよぉ? ぼくがお兄さんのイライラを一瞬で取り除いちゃいますからね! では、このトランプの中から一枚、好きなカードを選んでください♪ あ、モチロンイカサマデックじゃない、どこにでもあるフツーのトランプなんで、そこは疑わないでも大丈夫ですよ!」
「あぁ?」
そこまで聞いて、初めてしてやられたと思った。
この少年はこうして自分が突っかかってくるだろうことも想定したうえで、あんな言葉選びをしたのだ。周囲には多くはないが見物客がいる。ともすれば、大の大人でもある自分が、子供に言い寄っている構図自体が体裁が悪い。子供と云えどさすがはマジシャンといったところか。
こういう欠点らしい欠点は治さなくてはいけないと思いつつも、性というものはなかなかに変えられない。挑発に乗ってしまった自分が悪い。ここは付き合ってやることにする。
風太は無言でカードを引く。「見ちゃっていいですよ」と言われて裏返したカードは、気怠そうに大鎌を肩に掲げた骸骨の絵柄、ジョーカーだった。
「当てましょうか?」
「……」
これは手品。指揮の担い手によって黒が白に、白が黒に変わるただの見世物。だから、風太が引いたカードが何であれ、少年の手のひらの上。中にはそのトリックを暴いてやろうと、目をギラつかせて凝視する者もいるが、多くの観客はそうではない。周りにいる彼らもそう。
彼らはただ、日常の一コマとしての余興を愉しんでいるだけ。だから、マジシャンが成功しようが失敗しようが特に意味は無いのだ。どちらに転んでも驚きはある。飽きたらまた別のものを探すだけ。ただそれだけの退屈な事。
「ジョーカー、でしょ?」
だから、驚きはしてもそれだけ。当たり前のように不思議を愉しむだけ。




