深白木町の街々
一行がようやく辿り着いたのは、駅前通りの外れにある宿泊施設だった。
電子看板には「スノーパレス深白木」と表示されている。中に入れば、すでに無人化されたチェックイン機器と温調パネルがずらりと並んでいた。暖色の照明が凍えた肌を優しく包み、外と内という境界による世界の住みわけを演出しているのが分かる。
「やっと落ち着けたね。あたし、もう足疲れちゃって一歩も歩けないところだったよ」
千寿流が頬をほころばせながら、手袋を脱いで掌をすり合わせる。自動ドアの隙間から入り込んだ冷気が消えていくのを感じて、アリシアも小さく息をついた。
「ふふふ、まさに天国と地獄!でもどうせなら入口に極寒エリアみたいなものを敢えて設置してもらって、極寒の中から熱湯風呂に入るような幸福感に浸りたいものですよね!ちずちず、そう思いませんかっ!?」
「え?うーん、それは普通にいやだなぁ」
「急激な温度変化はヒートショックでぽっくり逝くから気を付けてって、ああ、君は頑丈だから大丈夫か」
「む!なーんか引っかかる言い方ですね!」
茶番に呆れた風太がフロントカウンターの前に立つと、チェックイン端末に手を翳す。よく耳にするような電子音が鳴った後、「ようこそいらっしゃいませ!」と音声ガイダンスが流れる。
「へぇ、無人なんだな」
「霜カンを筆頭に、この辺りは近代都市として台頭してきたところですからね。ここらはほとんどそうですよ」
アリシアが答えながら、傍らの壁面に埋め込まれた端末の正面に立ち手を翳す。
画面には「宿泊者登録完了」と表示され、上から二枚のルームキーと四枚のカードがゆっくりと吐き出される。プラスチック製ではなく、薄い金属にホログラムのような模様が浮かび上がるタイプだ。
「わっ、かっこいい!えひひ、これ、ゲームのお宝みたいだね!」
千寿流がそれを両手で受け取り、嬉しそうに目を輝かせる。
「ほらよ、アンタの分だ」
風太が片方を差し出すと、夜深は礼を言ってから胸ポケットにしまい込む。見渡す限りでは数人の客が談笑している様子は確認できたが、それほど混雑している様子はない。やはり、英雄変革のせいだろうか。
館内の天井を走る細いライトが人の動きを感知して柔らかく点灯を演出し、客を飽きさせない造りになっている。床には微弱な暖房が通っており、壁際の色鮮やかな植物は水やりも自動で、時折ミストが霧のように漂っていた。また、館内はエリアごとにそれぞれテーマが設けられており、水族館や遊園地のような遊びを演出していた。
「えひひ、なんか、歩いてるだけでワクワクしてきちゃうね!みんなもそう思わない?」
「ん、ああ、そうだな」
「ここは霜カン直下が運営しているところっぽいですからね。きっと霜カンの理念とかも関係してるんでしょうね。創始者の霜月白銀は晩年まで、楽しいことが大好きだった少年のような方だという話ですから」
「へー、そうなんだ。アリシアちゃん、霜カンの事詳しいの?」
「詳しいというか、まあそうですね、ちょっと知り合いがいるだけですよ。詳しいかと言われると怪しいです」
エレベーターの中は静かで、壁面には柔らかい光が波紋のように広がっていた。外で聴こえていた風の音はもう届かず、代わりに趣のあるお洒落なBGMが空間を満たしている。エレベーター一つをとっても、客を飽きさせない工夫が散りばめられているのがよく分かる造りである。
チン、と電子音が鳴り、扉が静かに開く。廊下には薄い香が漂い、木材と金属の質感が絶妙に融合したインテリアが続いていた。壁の一部には雪原を模した映像が流れ、外の吹雪とは別の穏やかな“雪”が静かに降っている。
案内された部屋は四人用のエグゼクティブルームだった。足元のカーペットが体温を感知して温度を調整し、室内照明は時間帯に合わせて自動的に色温度を変える仕様になっている。どこか未来的でありながら、不思議と懐かしい落ち着きを持つ空間だった。
「わーっ!広いっ!すごいっ!」
部屋に入るなり千寿流がベッドに駆け寄り、勢いよく飛び込む。柔らかな寝具がふわりと舞い上がり、茅色の髪がゆらりと揺れた。それに続くようにアリシアもベッドに寝転がる様に飛び込んだ。
「つーかよ、休むだけならこんな高いトコじゃなくてもよかったんじゃねえか?」
「高い?まあ確かにそう思うよね。けどほら、これ見て見てよ。この部屋の一泊の料金さ」
その金額を見て風太は思わず眉を吊り上げる。それはもちろん高かったからではない。数字の誤植かと疑いたくなるほどの破格だったからである。
夜深は窓辺に立ち、薄く曇った外のガラス越しに眼下のネオン街を見下ろす。眠りを忘れた夜の街は光の粒が規則正しく並び、一つの巨大なキャンパスアートを想起させる。それは美しさを保ちながらも、どこか無機質で、浮世離れした光景だった。




