霜月カンパニー
あれから丸一日。一行は悪路を抜け、ようやく町の輪郭を目にした。
道中、英雄変革による極端な地形の変化により、狭路が枝分かれしたような複雑な形になっていた。その為、スマホ上でのマップアプリがほぼ機能しないこともあり、半日と掛からない予定のはずが、丸一日まで伸びてしまったというわけだ。
「っち、こりゃ警告が出るのも当然だな。下手すりゃ死人が出かねねぇ」
風太が吐き捨てるように言う。
視界の先、吹雪の切れ間に見えたのは、雪に覆われた小さな町だった。とはいっても今は二十三世紀。魔獣の出現、少子化などによる人口の減少により、人の少ない集落などは消滅し、住みわけが顕著になっている。栄えるところはより栄え、寂れたところはより寂れる。
「わっ!なんか賑やかだよ!?あたし、分かる!なんか、楽しそうなトコだよこれは!」
「今の若い方なんかだと魔獣なんてテレビでしか見たことない、って人も少なくないですからね」
「まあそりゃね、魔獣との遭遇の危険性を考えたら、わざわざ郊外に出ていく人なんてあんまりいないだろうし」
「これ、床が温まってんのか?話にゃ聞いていたが初めて見たぜ」
かつて甲府と呼ばれていたこの都市も、今は深白木町と名前を変え、様々な人々を受け入れる都市圏として機能している。街に敷かれた歩道は常に熱を発しており、凍結による転倒の危険性などは皆無。
街に走る積雪に彩られた屋根の上からは近未来を思わせる独特なデザインの煙突がいくつも延び、規則正しく煙を吐き出している。それは凍りつくような寒さの中でも、確かに人が暮らしている証明だった。
大通りらしき通りに足を踏み入れると、厚手のコートなどを羽織った人々が肩の雪を払いながら行き交う。
亀裂が入り深淵を覗かせる道や、急な気候の変化も相まって、ちょっとした異世界に迷い込んでしまったような錯覚に捕らわれていたが、道の端では子どもが雪玉を投げ合い、大人に叱られて駆けていく様子を見て、ここが紛れもない現代だと思い返すことが出来た。
「へえ、なるほど、やっぱ街の中は活気があるね」
夜深が感心したように周囲を眺める。そこにあるのは何の変哲もない日常風景。公道が機能しなくなっている現状、半ば外との交易が絶たれてしまっている。
しかし、そのことで落ち込んでいる様子や、現状を不満に思っている表情は見られなかった。それはきっと彼らの生活が、この世界の中で完結しているからに他ならなかった。
「まあ、この先には銀ノ木がありますからね。ほら、霜カンの本社があるんですよ。皆さんも知っていますよね?」
__霜月カンパニー。通称『霜カン』。
二十二世紀から二十三世紀にかけての現代日本における、国内最大級の総合企業体である。
創業当初からそれなりの機械部品メーカーだったが、創始者でもある霜月白銀の稀代のカリスマ性、先見の明と独自の開発機構によって飛躍的に拡大。現在では下請けも含め、工業・エネルギー・AI・医療・衣料・エンタメに至るまで、生活のあらゆる領域に影響を及ぼしている。
霜カンの製品はその信頼性とブランド力で知られ、コアなファンからは「霜月製でないものを信用するな」とまで言わしめる。だが一方で、同社の巨大な研究部門、霜月技術総合研究所、「通称:SAT(Shimotsuki Advanced Technologies)」は、倫理的な問題を抱えた実験や人間拡張技術への過剰な干渉でも知られており、「霜カンの影が見えたら、すでに世界は書き換えられている」と囁かれることもあるようだ。
霜カンが保有する各種ブランドは、上層市民が愛用する高級品から、子供向けの教育AI玩具まで多岐にわたる。近年ではその技術力を生かした新たなる事業にも手を伸ばしており、その結果、霜月製品を一度も使ったことがない者は存在しないとまで言われているほどだ。
近々オープンされる都市一体型遊園地ノウァでは、記憶を読み取り、その記憶から自動的にアトラクションが生成されるという『ココロミュージアム』を施設の目玉としており、多くの予約で何年も先まで埋め尽くされているらしい。
まあ、そんな異才とも呼べる霜月白銀の先見の明を以てしても、世界の崩壊は見通すことは出来なかった。未だ霜月カンパニーの影響力は大きいままだが、英雄変革によりいくつもの工場が破壊され、いくつもの企業が撤退を余儀なくされた。崩壊、とまで言わないにしても、かつての栄光を目の当たりにしている者は口を揃えて「霜カンは凋落した」と言うだろう。
それは当然。当たり前なのだ。彼の有していた先見の明は繁栄のためのもの。片や“導”によってもたらされた災厄は、人類にとって衰退の象徴。彼の見ているモノと世界が望むモノはあまりにも違い過ぎた。
「皮肉なものだよね。どれだけ頑張っても報われない事なんて山ほどあるのにさ。有名であるが故にこうして色濃く浮き彫りになる。まるで、神様の真似をしようとした人間みたいだね」
「え?」
「なんてね。今日はもう疲れたし、どこか泊れるところを見つけて休むことにしようか」




