浮かぶのは狂気のような優しさ
電車が減速し、ブレーキの軋む独特な音が車内に満ちる。千寿流たちが小さく体を揺らすのを横目に、アキラは心臓が落ち着かないのを自覚していた。
やがてドアが開くと、外気が流れ込み、多くはない人々が一斉に降りていく。
アキラは疎らに並ぶ列をずれながら、一度だけ振り返った。千寿流たちは楽しげに笑い合っている。その光景が、かえって胸を締め付ける。あの未来を思い出すたびに、自分の息苦しさは増すばかりだ。
「さて」
夜深が軽やかな足取りで隣に並ぶ。口調は柔らかいが、その眼差しはどこか試すようで。
「聴かれたくないんでしょう?そこの路地裏で伺いますよ。この時間だ、誰も来ないでしょう」
逃げ場はもうない。いや、逃げる気など毛頭ない。これを不運ではなく転機と捉えよう。折り重なる後悔を噛み潰して希望に変えればいい。アキラは小さく唇を噛んでから、吐き出すように口を開いた。
「……私には、“視える”んです。未来が」
その一言に、夜深はわずかに眉を上げる。驚愕というよりは、興味を引かれたという反応だった。何を馬鹿げたことを、と一蹴されるのは覚悟の上だったので、少し拍子抜ける。
「へえ、未来を?」
「はい。この手で触れた者の数時間、中には数か月先、はっきりとは分かりませんが未来が朧げに脳内に流れるんです。巷でいう異能っていうヤツですよ。私にはその力があるんです」
喉が渇く。言葉を紡ぐたび、胸の奥に焼けるような痛みをもたらす。亡くなった妹の残像が、チリチリと苛み焦がし続けているようだった。
「銀ノ木に行けば――」
口を衝けばその未来が確定してしまうとしても、もう後戻りは出来ない。否、救うために進み続けなければいけない。
「いや、それ以上言わなくてもいいですよ」
「え?」
言葉を遮られる。男の閉じた瞼には何も映りはしないが、その奥に確かに鋭さを感じさせた。それ以上喋るな、後戻りは出来なくなるぞと、アキラの脳内が警鐘を鳴らす。
「貴方の言う通り、それが吉凶を予言できる千里眼のようなものだったとしましょう。その表情、もしかしなくても凶兆が観えたんじゃないんですか?」
細く鋭利な瞳が開かれる。その全てを見通しているかのような表情に、アキラは心の奥底まで丸裸にされたような気がした。
「そして、それを伝え渋るのは他でもない、観えてしまった未来は変えることが出来ない。違いますか?」
全て当たっていた。いや、表情から悟られたのならこれくらいの予想はつくのかもしれない。
「けどっ!変えられるかもしれないんです!私自身避けてきたッ!この異能のことは私ですらまだ理解出来ていないことが多いんですっ!なら、もしかしたら!ほんの少しでも、一パーセントでも可能性があるならっ!」
「それは――」
再び言葉を遮られる。
別に怒鳴りつけられているわけでもないのに、操られるかの如く、その次の言葉を紡げない。夜深の覗き込むような瞳。そのブラックホールのような深淵の世界に、引き摺り込まれそうになる。それは恐怖か、不安か、はたまた罪悪感か。頭を垂れ、口を噤むしかなかった。
夜深の唇が言葉を紡ぐのをただ眺め続ける。
この時、アキラにはそれだけが自身の存在意義のようにさえ感じていた。
「――つまらないな」
その瞬間、ふわりと宙に浮くような浮遊感がアキラの全身を包み込む。思考が緩やかになり、周囲の視界が遠景に変わっていく。
それは現実との乖離。浮いているような気がするではなく、実際に浮いていた。感情を司る心だけが体内を逆流する。
嘔吐感のような充足感。まるで苦悩という柵から解放されたような幸福感があった。
「そう、ですね」
もう、思考することが出来ない。
「わかり、マシタ」
もう、何も考えられない。何も感じない。何も伝わらない。何も出来ない。何も得られない。
もう何も――




