鬼竜院夜深との再会
「え?」
久しく聴かなかった声色。千寿流は声のする方に顔を上げる。
この声の主が誰のものなのか分かっていても、自然に笑みがこぼれてしまう。
もう、会えないかもしれないと思っていたから。いつも心の隅ではどこかで会えないかと願っていたから。
「千寿流ちゃん。久しぶり」
「よ、よよ、夜深、ちゃんっ!」
久しぶりに見上げる夜深の姿は、大きくて、大人で、やっぱりなんだか少し怪しく視えた。でも、懐かしくて、胸がちょっときゅっとなる。思わず目をぱちぱちさせながら、じっと見上げてしまう。変わってない、何も変わらないまま、嬉しさがどんどんと込み上げてくるのを感じられた。
「よぉ」
「ああ、風太くんも久しぶり。元気してた?」
「フン、どうだかな。アンタも銀ノ木になんか用があんのか?」
「いや、特には。僕は君たちの後姿を見かけたからついてきただけだよ。僕の用事はもう終わっちゃったしね」
用事?用事とは何の事かと問い詰めようとして風太は言葉を飲み込んだ。自分も勝手な理由で千寿流に同行している身である以上、相手のことをいちいち詮索する気にはなれなかった。
「おや、君は初めましてだね?もしかして旅芸人か何か?千寿流ちゃん、君、もしかしてサーカス団の団長でも目指してるのかい?」
「ちょ!?わたしはトレジャ―ハンターですぅっ!何をどう見れば旅芸人になるんですか!?」
夜深の言葉が理解できず首を傾げる千寿流の横で、アリシアが頬を膨らませて反論する。
「どこをどうって見た目を見て判断――ってまあいいや。僕は鬼竜院夜深。鬼に竜に寺院。それに夜が深まるで夜深。よろしくね?」
「まあ良くないですけど……アリシア・フェルメールです。よろしくお願いします」
一通り自己紹介を終えた一同。一段落したタイミングで夜深は申し訳なさそうに手を合わせ、手持ち無沙汰にしていたアキラに再び向き直る。
「ああ、ごめんなさい。彼女たちは僕の知り合いでしてね。久しぶりだったのでつい嬉しくなって」
「いえ、私が言いたいことは、その伝えたつもりなので」
アキラはどこかばつの悪そうな顔で目線を逸らす。伝えたいことは伝えた。しかし、伝わってはいない。正確にいえば、この流れ、銀ノ木の方面に向かうことは半ば決定してしまっているようにも見えた。
暑くも無いのにアキラの汗が背中を滴る。内心の焦りを隠せないでいた。そんな表情を悟られたのだろうか、夜深がこう言った。
「銀ノ木は異常気象。それはニュースでも報道されています。けど、情報規制が敷かれている現状、その情報の真偽の精査は出来ない筈ですよね」
魔獣による被害。英雄変革による地形の変化によってもたらされた未だ未解明の地域。正誤入り乱れる情報の錯綜を避けるための情報規制。わざわざ身の危険を晒すような人は多くない。
「でも貴方からは確信に近い何かを感じた。銀ノ木に行けば“危険”だと。その危険は“避けられない”と。あなたのその瞳からはそんな強い意志を感じた」
「……それは」
アキラはごくりと喉を鳴らし、息を詰めるように言い淀む。胸の奥を鋭く抉られるような言葉。
まるで、誰にも言っていない「観測した未来」まで夜深に見透かされているようで。心臓が不規則に跳ね、喉の奥に鉛の塊を詰め込まれたみたいに言葉が出てこない。
「……っ」
否定すべきだ。口をついて出そうになる。けどそれを伝えるのだけは違う。もし伝えてしまえば、それが彼女にとって本当でも嘘でも、悪戯に怯えさせてしまう。それだけは違うのだ。
――いや、なら彼にだけ伝えれば?
本人に伝えても変えることの出来ない未来。それならば彼女の未来に干渉できる誰かに伝えることが出来れば、もしかしたらこの凄惨な結末を塗り替えることが出来るかもしれない。
「あ、あの、貴方に伝えたいことが。電車を降りた後、少しだけ時間を頂いてもよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
夜深は静かに頷いた。その仕草は柔らかい。しかし、糸目にきらりと光るオレンジの輝きは鋭く、まるで何を相談しようとしているのか、その全てを悟られているような気さえした。
「なぁ、千寿流」
隣で座っていた風太が口を開いた。
「結局どうすんだ?オメー次第だ」
「え、えっと、それは……」
「安心しろよ。オメーに何があっても守ってやる。なあ、フェルメール」
「もちろんですよ!それに銀ノ木はわたしの地元ですから!地理も任せてくださいよっ!」
千寿流は二人に視線を送った後、不安げに夜深を見上げ、それからアキラに視線を移した。ほんの一瞬、こちらの揺らぎを感じ取ったような目をしたが、すぐに笑みをつくる。
「う、うん。やっぱり行ってみたい。あたしの勝手なわがままでみんなを振り回したくないし、えひひ、いい、よね?」
その言葉に、アキラは奥歯を噛み締めた。
あの白銀の光景が否応なく甦る。
舞い散る豪雪。沈黙した世界。墓標のように逆さまに突き刺さった氷岩。その真ん中、看取られるように囲われた少女――それは、間違いなくこの子だというのに。それを知っているのは自分だけなのに。




