彼の苦悩はこの日の為に
そんな私も今年で四十を過ぎる。
大人になった今でも思う。私にこの異能とやらを与えた神様は、きっと性格がひねくれたやつに違いない。これまで良い事なんて無かった。
結局手袋なんて無意味で、意味も無く未来は観測され、意味も無いような未来が確定した。
「おっと!」
ガタンゴトン。バランスを崩しそうになり慌てて持ち直す。今日は電車がやけに揺れる。銀ノ木の異常気象がこちらにも影響している、ということだろうか。
何にせよ会社勤めの辛いところ。異常気象なんて知らぬ存ぜぬ、今日も今日とてサラリーマンライフというわけだ。
少し感傷的になっていた。恥ずかしい話、私はあの頃から何も成長できずにいる。触れることを極端に避けてきた私の人生は、それ相応の消極的な人生にしかならなかった。
それどころか所帯を持った今でさえも、「妹が生きていたら」なんて時々妄想してしまう。サヤと同じくらいの子を見かけた時には、特に。
「……あ」
そう、ガラス越しに映る、茅色を結ったツインテール。大きな花のリボン。それはまさしく――
ガタンゴトン。再び大きく車両が揺れる。強い力で身体が後ろへと引っ張られる。つり革を握っていても、その場で踏みとどまることが出来ない程大きく。だから、それは事故としかいいようがなかった。
瞬間、脳裏に写り込んできたのは豪雪。目の前が視えない程に覆われた白銀の世界。その中央で一人、凍り付いた少女がいた。そう、目の前の少女だ。その瞳に生気はなく、停止してしまった世界を思わせる。
私は一歩踏み入れようとしたが、近寄ろうとしても遠ざかっていく。当たり前だ、これは未来での出来事。未来を垣間見ることは出来ても、干渉することは許されない。
脳内がバチリと痺れる。暫く味わっていなかった痛みに、立ち眩みのような感覚に捉われた。
目の前の少女は瞳をぱちくりとさせ、心配そうな顔で私を覗き込んでいた。そのあどけない表情が、サヤと重なる。
もう歯止めが利かなかった。私はその場で蹲り、口を押さえたまま嘔吐する。今日急いで食べてきた朝食が逆流して、何とも言えぬ酸臭が鼻腔を苛んだ。
何事かと野次馬のように集まる。高校生の心配の声、顔を顰める主婦、無関係を装う誰か。幸い乗客が少なかったこともあり、大事にはならずに済みそうだった。
「あの、大丈夫ですか?」
少女のまだあどけなさが残る、小さな手が差し伸べられる。
「……あ、ぁ」
「乗り物酔い?ってやつですよね。これお薬です。あ、アリィちゃん、ごめん。この人にあげちゃっていい?」
「ええ、もちろんですよ!でもその方、乗り物酔いというよりは……」
その手に触れることすら、怖かった。その未来を現実として享受してしまうことが怖かった。けど、ここで逃げてしまうことは、他でもない私自身が許さなかった。
もし仮に確定してしまう未来だとしても、ほんの一パーセント。たった一握りでも回避できる可能性があるのなら、私は諦めたくなかった。
私だけが観た未来。希望すらも凍り付いたような残酷な未来。それを変えたかった。
もしこの日の為に顕現した異能というのなら、この短いようで長かった人生、少しくらいは神様に感謝が出来るかもしれない。
「お願いだ、おじさんの言う事聞いてくれないかな?」
強い意志を持って少女に訴えかける。
「え?」
これが正しいか正しくないかなんて分からない。
「君はこの先銀ノ木ってところに向かうのかもしれない。けど、そこは今雪が吹き荒れててすごく危険なんだ!だから、時間を空けて、少しでも収まってから向かうべきだっ!……な、なあ、君もこの子の連れだろう?私の言いたい事、解ってくれないかな?」
でもこれしかない。私と彼女たちに接点なんて一つもない。だから、素直に伝えることでしか意志は示せない。
「そ、そうですね。うーん、ちずちず、どうします?まあ、銀ノ木が異常気象ってのはその通りですし……」
悪くない反応。真剣さが少しでも伝わってくれればいい。大丈夫だ。この流れなら少なくとも今すぐ銀ノ木へ行く事は断念、いや、考えるくらいはしてくれるはず。だったのだが――
「うーん、大丈夫なんじゃない?ほら、異常気象ったって別に登山しようなんてワケじゃないんだしさ」
――見知らぬ男の声に遮られてしまった。




