少年と苦悩
学校でも、ぼくは細心の注意を払った。
誰にも触れない。それは簡単なようで難しかった。幸い相手から触られた時は異能が発動しなかったので、ぼくだけが注意していればいいのは幾分かと気が楽だった。
いや、嘘だ。そんなわけがない。確かに学校という環境において、無防備な相手に触るという行為は意外と少ない。
気心の知れた友だちならいざ知らず、ぼくには気軽に話せる友だちはいたものの、そこまで仲が深い友だちなどはいなかった。つまり、相手から触れられること自体ないし、その逆もない。
けど、長い学校生活。そんな簡単に思い通りに行くはずもない。
中学では柔道が必修科目だった。それだけじゃない。体育では二人一組で行うことも多いのだ。必然、ぼくは仮病を使わざるを得なくなった。
心配する声と、休んでばかりのぼくを妬むような眼で見てくる生徒。どうしてぼくだけがこんな目に遭わなければいけないのか。次第にそう思うようになっていった。
クラスメイトと肩が触れ合うのが怖い。友だちがふざけて手を掴むだけで、それを拒否しようと押し返した際、未来が流れ込んでくるのではと怯える。
だから距離を取る。教室の隅、窓際の席、誰とも目を合わせずに過ごす。
ある日、不意にぶつかった男子の腕に触れてしまった。気が抜けていた、いや違う。気を張り過ぎていて、逆に思考が回らなくなっていたのだ。
瞬間、観えたのはその生徒が階段から転げ落ちる未来。
慌てて注意をしようとして踏みとどまる。階段から落ちた結果、彼がどれほどの怪我を負ったのかは分からない。
もし伝えればまた違う形で未来が確定してしまうかもしれない。その因果をぼくの異能が手繰り寄せてしまうという、気味の悪さに耐えられなかった。
当然、変化のしようがない未来はそのまま確定する。幸い、足の骨を折るような大怪我には至らなかったが、踏み外した際、擦りむいた膝から少しばかり血が流れたようだ。
その時もさらなる未来が怖くなり、ぼくは彼に駆け寄ることさえ出来なかった。
まただ。また、自分が未来を引き寄せた。そう思うと、胸の奥に冷たい手が這い寄るような恐怖を覚えた。
ぼくは決意を改めることになる。生半可な拒絶ではいけない。もう二度と誰にも触れない。触れてはいけない。ぼくという人間が触れた瞬間に、その人の未来を壊してしまうかもしれないのだから。
「アキラ……どうしたの……?」
母の声が、以前よりも小さく、震えて聴こえる。
ぼくは答えられなかった。
触れられること、触れること。それがどれだけ怖いか、説明できない。説明すれば、あの未来の光景を再び観てしまう。
ぼくと母親、二人の共通認識となった事実は結末として完結する。そんなことに意味がないと分かっていても、ぼく以外には妹の死を曖昧のままにしておきたかった。だから黙って俯き、箸を握る手を硬くして押さえるしかなかった。
友だちもさらに遠い存在になっていった。学校では手袋をするようになった。馬鹿にされても、アニメに出てくる主人公に憧れたとかなんとか言ってごまかした。
まあ、こんな薄っぺらい手袋に本当に意味があるのか、試してみる勇気はもちろん湧かなかったけれど。
徐々に、ぼくの世界は縮んでいった。触れることを避けるあまり、教室の隅、家の片隅、トイレや図書室、安全だと思える空間に籠もるようになった。息を潜め、動きを最小限にし、視線も必要最低限しか動かさない。
世界は再びモノクロに色褪せ、音は遠く、時間はゆっくりと流れ始める。それはなんだか自分じゃない誰かを見ている様で、生きている感覚すら希薄になったようだった。
「こんな異能、欲しくなかった。未来なんか観えても、何の意味も無い」
それは誰にでもなく呟いた言葉。それはか細く、小さな風音にも掻き消されてしまうほどに弱い。けど、別に誰に聴かれなくてもいい。
だってそれはクソったれな神様に向けた言葉だから。神様がもしいるのなら、ぼくはぼくの人生を懸けて恨んでやるつもりだ。絶対許してやるものか。




