少年と妹2
ぼくにしか救えない。ぼくだけがサヤの命を助けてあげられる。
思えば兄らしいことは何もしてあげられなかったかもしれない。別に不仲というわけではなかったけど、誇れるようなものは何もない。
きっと、今の状況だってサヤは何が何だか分からないままぼくに引っ張られているだけ。「死ぬ未来が観えた」なんて言っても気味悪がられるだけ。だから、言えない。
けど、それでもいい。
気味の悪い能力ではあったけど、世界にたった一人だけしかいない妹の命を守ってくれるなら、ぼくの背負ってきた悩みを全部ひっくるめたってお釣りがくるくらいだ。
天からの贈り物。言葉通りじゃないか。ぼくはこの力のことを誇りに思う。
ありがとう――神さ
ガシャン。
鈍い音を立てて。
地面に崩れ落ちる。
音は破裂し、そして消えた。周囲の会話がすべて吸い込まれていく。数メートル先で、サヤの体が一瞬紙くずのように揺れて、それから地面に沈む。両手が滑り、買い物袋が転がる。路面の石畳が夕焼けを反射して瞬く。
そこに、確かに、人が倒れている。その周りには黒の斑点模様に彩られた、植木鉢の破片が散乱していた。
誰かの叫び声を聴いた。
視界がモノクロに変わり、聴覚が鋭敏になる。その場で留まるぼくは時間に引っ張られるように歪み、伸ばされる。すると不思議、ぐにゃりと世界が歪んでは回転した。
理解してしまった現実と、理解したくない妄想が、特急列車のように頭の中を行ったり来たり。熱に浮かされるように身体を伝う汗は、何故だかとても澄んでいるように視えた。
立っていられなかった。
尻もちをつくようにぼくは地面に倒れ込む。その痛みで現実に少し引き戻される。白黒の極彩色が徐々に色彩を帯びていく。妹の周りに溢れ拡がっていく、理解したくないその色は――赤だった。
「アキラ、大丈夫?」
「触らないで」
葬式の席。心配そうにぼくを気遣う母親の手を払いのけるような仕草で拒絶した。もう、あんな未来は観たくない。
死ぬことと死を傍観することは違う。結果は同じかもしれないけれど、救えるかもしれないという可能性をチラつかせて、それを奪われることを同義なんて切り捨てることは出来ない。
同じ思いはもう二度としたくない。それに、もしかしたらぼくの異能が何らかの条件で暴走して、妹を死の運命に追いやったとも考えられるからだ。もしそうだったのなら、ぼくはサヤになんて謝ればいいんだろうか。
遺影の中のサヤは眩しい笑顔を見せて笑っている。ぼくは直視することが出来なくて葬儀の中、ずっと俯いたままだった。
それから暫くの時が経つ。
サヤの死から半年。少しだけ落ち着いた。ぼくには回避できない運命だったのだと、何とか割り切ることでようやく前を向けるようになった。
あれから考えた。様々な書籍やネットの掲示板などを見て回った。
何故、未来観測の際の「車に轢かれる」という未来は、「植木鉢が頭に直撃した」という未来に置き換わったのか。
この能力をおいそれと試せない以上、こればかりは推測でしかないが、「車に轢かれる」という未来は確定した未来ではなくて、「サヤの死」という未来がぼくの観測した事象ではないのか。ということ。
そう考えればつじつまが合う。
あの時、少しでも日向を歩きたいと、車道側の近くを歩いてしまっていたから、観えた未来が「車に轢かれる」という話なだけで、「サヤの死」を確定できるのであれば、どんな要因でも構わないということになる。それこそ通り魔的な奴に心臓を刺されるでも、心臓麻痺でもいいのかもしれない。
それはあまりにも救いがなかった。
だって、人の死ぬ理由なんてそれこそ無数にある。自殺、他殺、事故死、病死。その全ての可能性を潰すことなんて出来やしないのだから。だから、死という未来は絶対に回避できない。もしこの力で覗いてしまったのなら、それは確定した未来になる。
当然、そんなぼくが楽しく生きていける道理もあるはずがない。
だから、ぼくの世界は急速に色を失っていくのも必然の事だった。
ぼくがまだ引き摺っていると思っているのだろうか、母も父も随分と口数が減った。家庭は静かに軋んでいく。食卓の会話は減り、笑い声は消え、サヤの席だけが永遠に空席のままだった。




