少年と妹
少年がその力に気づいたのは、十歳になる少し前のことだった。
それは何気ない日常の他愛もないワンシーン。父と母、ぼくと妹のサヤ。どこの家庭にもあるような、何でもないような出来事。
物事の分別は出来る。周りには「アキラくんはまだ子供なんだから」と言われても、何が普通で、何が異常かなんて判断できるつもりでいた。早い話が大人のつもりでいた。
最初はただの勘違いだと思った。だってあり得ない。科学的に証明できない。科学的に証明できないことは超常現象。ドラマやアニメの中の出来事でしかないと思っていた。
「痛っ!?」
夕食をハンバーグにしてもらおうと台所へと向かう母親の背中に触れたとき、数分後に“電話が鳴る”光景が観えた。脳内に無数に張り巡らされた回路にバリリと稲妻が走る感覚に立ち眩みを覚えた。
キャッチボールを頼もうと父親の手を握ったとき、近所の公園の隅っこで“知らない誰かに頭を下げる父親”の映像が観えた。知らない誰かはその日の午後、眉間に青筋を立てた怒りの形相で父親に掴みかかって来た。そう、ぼくが暴投したボールが外で停まっていた車の窓ガラスをぶち抜いたのだ。
__怖かった。
父親が怒られたことがじゃない。
もちろんそれもあるけれど、それ以上に朧げに観せられた恐怖の体験が、現実感を伴って実際に降りかかってきたことが怖かった。
繰り返しになるが物事の分別はつく。だからそんなぼくが自身に芽生えた能力に気づくのはそれほど時間のかかることではなかった。
『自分の手で触れた人間の未来を覗き観ることができる』
脳裏に浮かぶのは異能の名と、能力の内容。発動の条件は、
“自分の手で触れた生物にのみ”
“観測した起こり得る未来は決定した事象であること”
学校でも異能については学んでいる。時期は個々によってズレはあるらしいが、異能に覚醒した者には、天啓のようにその能力の異能名とある程度の知識を授かると。
そして、異能は必要とする人間に天から授けられる、贈り物のようなものらしいんだとか。うん、よくわからん。
けど、なんだ?つまり、能力に覚醒してすぐにその天啓とやらが起こっていれば、ぼくの父親は怒られなかったという話だ。いや、起こり得る未来が決定しているのなら、怒られること自体は決まっていたのか?その辺りはよく分からない。
「……っ!」
興奮した。
未知への恐怖は浮かされるような万能感によって駆逐された。
ぼくだけの能力、ぼくだけの為の力。ぼくだけが知ることの出来る世界。
今すぐにでも未来が観えるんだぞと言いふらしたい気持ちは山々だったが、迷った挙句結局止めることにした。
だって未来を予知できる能力なんて凄すぎる。生物にしか発揮できないって条件はあるけれど、幾らでも有効活用できる。
例えば勝負事。相手と握手でもして相手が喜ぶ映像が観えたのなら勝負自体を取りやめればいい。この能力は“観測した起こり得る未来は決定した事象である”わけだが、勝負自体が無くなるのだから『起こり得る条件を満たさない』ことになり、勝ちも負けも無くなるわけだ。
子供のぼくの足りない頭じゃこの程度のことしか思いつかないけど、もっと頭がよくて、それこそ悪い人なんかがぼくの力を知ってしまったら、きっと悪用されるかもしれない。うん、それはすごく怖い事だ。
だから、この力をぼくはこころの中に留めておくことに決めた。
だが『未来を知る』ということがどういう事なのか、その身をもってぼくは思い知ることとなる。
とある休日の話。妹のサヤと一緒にテレビゲームをしている時のことだった。熱中して周囲への気が疎かになっていたぼくは、隣でコントローラーを握る妹の肩にうっかり手が触れそうになった。別に触れて何がどうなるわけでもないが、ゲームの勝敗が観えてしまうのは興ざめだ。そんな状態では勝っても負けても嬉しくない。
触れた相手の未来視は強制的。ぼくの判断で観る観ないの選択は出来ない。ほんの少し指先が触れただけで、その人間の運命が決定してしまうと考えると、心臓に悪かった。
歳を重ねるにつれ、好奇心と同じくらいに恐怖が育まれていたのだ。
そしてその日の午後、母親に頼まれた買い物帰り。照り付ける様な夕焼けに目を焼かれ、はぐれないようにと妹の手を、何気なく握った――握ってしまった。
その瞬間飛び込んできたのは、耳を掻き毟るような轢音。タイヤが地面を引き裂く甲高い音。遅れて拡がっていく赤い水溜まり。それは車に撥ねられ、日の光を遮るように宙を舞うサヤの姿だった。朧気にされど鮮烈に、絶望と云う名の未来を映し出していた。
呼吸が止まる。
息が上手くできない。
酸欠で倒れそうになる。
ふらつく足で何とか倒れないように踏みとどまる。
「あれ、お兄ちゃんどしたの?あー、やっぱ重いんでしょ!だから、サヤがいっこ持ってあげるって言ったのに~!」
違う。
「ほーら!サヤに袋一つちょーだい!持ったげるからっ!」
違う。
「んと、お兄ちゃん、どうしたの?もしかしてなんか気分悪いの?」
違う。気分が悪いんじゃない。悪いのは“未来”のほうだ。
ぼくは無意識に妹の肩を掴んでいた。ぎゅっと、爪が食い込むくらいに。サヤは痛そうに顔をしかめ、でも笑って「あはは、そんなに必死にならなくてもいいでしょ」と茶化す。
言わなきゃ。伝えなきゃ。だってこのまま黙っていたら、未来はあの通りになってしまう。それはダメ。それだけはダメ。
「……っ、ダメだ。サヤ、兄ちゃんのいうことを聴け。いったん、こっち側に来い」
そう言ってぼくはサヤの手を引き、歩道から強引に建物側へと引き離す。こうすれば少しでも交通事故に遭う確率を減らせる。
(大丈夫。起こり得る条件さえ満たさなければサヤは死ぬことはないはず。車がサヤを轢く可能性をゼロにすることができれば、死の運命は回避できるはずなんだ!)
そうか。ようやく理解した。
もしかしたらこれは、これこそが。この力で妹を死の運命から救い出すことが、ぼくの異能にもたらされた使命なのかもしれない。




