灰色の旅路
「 ep.305 また三人で」の続きです
ホテルを出ると、空気はまだひんやりとしていた。吹き抜ける様な冷風が千寿流の頬を掠め、二つに結った茅色を曇天へと流していく。季節は十一月半ば。まだまだ局所的に暑い日がやってくることもあるが、ここ平塚の朝は気温十七度を記録していた。
「ぅ、朝はやっぱり寒いね。えと、アリィちゃん。そんなカッコで寒くないの?」
「上着買えよ。ただの露出狂じゃねえか」
風太も同じように突っ込みを入れる。ポリシーがあるなら別にどんな格好だろうと構わない、というスタンスの彼もさすがにこの時期に半裸同然の格好で歩くのはどうかと思ったらしい。
そのアリシアの格好はというと、相も変わらずビキニ姿に深紅に染まる薄手のジャケット。辛うじて防寒の役割を果たしてくれそうなものは、首に巻いた純白のファーマフラーのみ。見てくれはともかく、見ているこっちが縮こまりそうなほどの軽装だ。
(あ、もしかして)
そういえば前にアリシアが昔話をしてくれた時に、自分のことを新時代の人類と言っていた。もしかしたら一般人と違い、身体能力に秀でている新時代の人類という存在は暑さや寒さへの耐性も高く、劣悪な環境下でも即時対応できるのかもしれない。
「た、たしかに寒いですね。はい、さっきから鼻水が出て止まりませんよ」
ずびびと鼻をすするアリシア。どうやら、そこまで万能な話ではないらしい。
「けどですね、ほら、見ていてくださいよぉ~!?」
アリシアは腰に巻いているバッグから宝石を一つ取り出すと、天に向かって指ではじく。
その瞬間、ボウッと小さな音を立てて温かな光が降り注いだ。その光は徐々に大きくなり、千寿流たちの周辺にまで拡がった。
「わ、温かいっ」
どうやら今砕いた宝石には簡易的なストーブの様な効果があり、宝石の大きさ、与えた衝撃により、その周囲の気温を一時的に上げる効力があるのだという。
「服を着ねえ理由にはなってねえだろ……つーかよ」
もちろん、温かくなるのは宝石を起点とした周囲だけなので、現在進行形で移動中の千寿流たちに恩恵があるのは一瞬である。
「今の宝石、高そうだけどいくらくらいするの?」
「それはですね~ごにょごにょ」
「ふぁっ!?」
千寿流に分かり易く耳打ちをするアリシア。その金額に思わず頓狂な声を漏らす。それだけあったら大好きなカレーうどんが何杯食べられるのだろうか?そんな高価なものを実演感覚で消費するなんてあり得ないと、金銭感覚の違いに愕然とするしかなかった。
「っち。さっさと行こうぜ。ダラダラしてると混んでくるぜ」
「いえ、それはたぶん大丈夫ですよ」
都市の喧騒はまだ覚醒しておらず、通りを走る車の音もわずかに響く程度だ。アスファルトに映る朝焼けの影が、まるで水面のように揺れている。歩道には早朝の散歩をする人や、犬を連れた人がちらほらと見えるだけで、どこか静謐な時間が流れていた。
繁華街の端を抜けると高層ビルの林立は徐々に少なくなり、少し古びた住宅街が姿を現す。魔獣の被害は見受けられないものの、人々はより高い安全性を求めて都心へと移り住む。歴史の営みは人の手で紡がれていくもの。寂れていくのは必定といえた。
駅の構内はいつもより人影が少なかった。構内アナウンスが繰り返し告げる「銀ノ木方面は途中駅までの折返し運転」という言葉が、乗客の足を遠ざけているのだろう。券売所のガラス越しに、遠くの空まで灰色に染め上げていた。
まだこのあたりは雪こそ降っていないが、先ほどよりも冷たい風がひゅうと吹き込み、これから訪れる土地の厳しさを予感させた。
「なるほどな。そういや銀ノ木方面は異常気象が酷いんだったな。こんな時期に好き好んで行くようなヤツはいねえってワケか」
「アリィちゃん。心配だよね。こういう時どうしたらいいのかな?何か楽しいお話でもする?」
アリシアの顔色を窺うように千寿流がそう言った。口では大丈夫と言っても、故郷がどうなっているのか、心配にならない筈がないのだ。たとえ彼女の家に家族と呼べる人たちが待っていてくれなくても、その場所で育んできたものは無くならない。
彼女の考えていることが分からなくても、千寿流なりに彼女の為に何かを、友だちの為に力になってあげたいと思った。




