死線の合間の安らぎ
「いやいやいやいや!団長っ!団長ってもしかして人造人間だったりしませんか!?なーんであんなバケモノと」
とある晴れた日の昼下がり。
街路樹の影がアスファルトの上に落ちて、まるで碁盤目みたいに模様を作っていた。
昼休憩に入ったカフェのテラス席で、ぼくはスマホを耳に押し当てていたのだが、受話口から飛び出す声量のせいで落ち着いてココアを味わうどころじゃない。
ミルちゃんの声は、ただでさえ通りがよく耳を突き抜ける。しかも興奮するとデフォルトで大声になるのだから、他の客がちらちらこちらを振り返るのも無理はなかった。騒がしさに反比例して、ぼくの頭の中には「また始まったな」という諦めじみた笑みが浮かぶ。
「はあ、ぼくはアンドロイドじゃないって。あと周りの人から睨まれるから、もうちょーっと声のトーン落としてくれると嬉しいかな」
このやり取りはなんか学生時代にもした気がする。そんなにぼくって機械人間っぽいのだろうか?まあ確かに昔から“空気が読めない”とかはよく言われていた気がするけれど機械人間扱いは心外だ。
いや、けど機械人間と詰ってくる人が彼なのであれば。うん、どうだろうか。
「あ?嘘真朧。お前、いっつも何考えてるか分かんねーんだよな」(※嘘真朧の妄想)
「え、えっと、その……」
「オメーもしかして機械で出来てんのか?機械仕掛けの人間ってか?このハリボテヤローが」(※嘘真朧の妄想)
「そんな、は、ハリボテなんて……」
「俺の練習相手に付き合えよ。ボコっても痛くねえんだろ?滅茶苦茶にしてやるよ」(※嘘真朧の妄想)
「は、はい。好きに、してください……」
ぼくの大好きな君島くん。彼にだったらそんなこと言われたって……ふふ。
ああ、ダメだダメだ。顔が自然とにやけていく。ここは往来のカフェだ。通話中とはいえこんな顔をしているところを他人に見られたら、変な人だと思われるじゃないか。
「……。なんか、キモい笑い声が聴こえますね?悪口言われて興奮するきっしょ~い変質者でもいましたか?」
「うるさい」
ぼくはカップに口をつけ、少しぬるくなったココアを一口すすった。苦みと甘みが程よく混ざる舌触りが喉奥をくすぐる。
話は変わるがココアを発明した人は偉大だ。なんたってココアの起源、カカオはギリシャ語でテオブロマと云われているぐらいなのだ。これが偉大でないはずがない。
「あとそうね。バケモノって言い方は、好きじゃないかな」
「はぁ?バケモノって魔獣のことですよね。いやだって、バケモノはバケモノじゃないですか?文句ぐらい言わせてくださいよ。そりゃあ団長の戦ったやつより格下ですけど、アタシちゃんたちも命がけだったんですから」
返ってくるのは正論というより、直感的でストレートな物言い。昔からミルちゃんはそういうタイプだ。まあそれもそうか。彼との縁はぼくらだけのもの。ミルちゃんたちには命を脅かす障害という存在でしかないのだから。
だけど、彼女のその無遠慮さは嫌いじゃない。彼女の強さはぼくの支えでもある。
「まあ、うん。バケモノにもいろいろあるのよ」
そう言ってしまうと、受話口の向こうで一瞬だけミルちゃんが黙り込む。けれどその間はほんの一拍。すぐに「むー!」と不満を詰め込んだ声が返ってくる。鼻先を掠めるその日常が今はくすぐったい。
あれだけの戦いを終えてなお、こうして日常の延長に彼女の声があるのだと思うと、肩の力が抜けていく。重たい緊張を張りつめていた体の芯がようやく解けて、ようやく人間らしい時間を取り戻せているような、そんな気分だった。
やっぱ団長ってキツイし重い。
「団長はほんとズルいですよね、肝心なことは一人で抱えちゃうし。ああやってケロッとしてるの、嫉妬しちゃいますよっ!」
「んー、まあ、ケロッとしてるように見せかけてるだけかもね。ほら、ぼく“嘘”吐きだし」
「……うわ、それ言われるとちょっと怖いじゃないですか」
「ふふ、冗談よ」
自然と笑いがこぼれる。ミルちゃんの声に釣られて笑うのは、何度目だろう。深刻な空気を切り裂いてくれる彼女の調子外れな元気さに、何度救われてきたことか。こういう瞬間があるから、まだ続けていけるのだと思う。
通話の向こうでは、まだ何か言いたそうに息を吸い込む音がする。きっとこのあとも、くだらない文句やからかいが飛んでくるのだろう。けれど、それでいい。そんな取り留めのないやり取りこそが、いまのぼくにとって一番の安らぎだった。




