キミとぼくと想い出と結末と
__そっか。
もう、戻れないんだね。
倒さなきゃいけないと分かっていても、理屈じゃない。心がこう、上手く動いてくれない。ああ、やっぱり戦いは好きじゃない。傷つけあう行為が何を生み出すかを知っているから。
けど、それがリベルレギオンの一団長としての責務。延いてはあの日、彼の存在を見送ってしまったぼくと彼との約束。たとえ交わしたことがなくても、ぼくとキミ、どちらかの死がその答えだ。
【「逃げたければ逃げると良い。俺はお前を追わない」】
「それは無理。レギオン最弱のぼくだけどさ。こんなでも団長として……キミを、止めなきゃいけないんだ」
【「フン、団の長としての矜持が許さないか?」】
「団長の肩書きは飾りじゃない。それくらいの意識はぼくにもある。団長として認めてくれる周りがいてぼくは此処に立ってる」
ガサリ。心の動揺が滲み出たかのような落ち葉を踏みしめる音。激情に身を任せて尚、その小さな隙を逃すことはない。研ぎ澄ました神経で方向を確認、ありったけの力の奔流を怒りに乗せて解き放つ。
怒号のような魔力の奔流が落ち葉を巻き上げ、周囲の木々を抉りながら押し寄せる。空気そのものが重圧に変わり、視界がぐにゃりと歪む。
「……」
散り散りと舞う木の葉が嘘真朧の鼻先を掠める。突き抜けた圧力で地形が歪んでいる。
凄まじい力だ。初め、彼女はその強靭な肉体からの近接格闘、自在に動く三つ目の魔眼による行動の制限だけが魔獣の能力かと思っていたが、彼の真の力はその体内に蓄えている膨大なエネルギー、という話なのだろう。
ともすれば――
【「シュゥウゥゥ……」】
やはり思った通り。嘘真朧は確信する。
魔獣の身体が遠目でも分かるほどに湯気立っていた。しかも動く気配はない。あそこまでの力の開放。悪戯に連射は出来ない。それどころか著しく動きが鈍るようだ。
【「お前も気が揺らいでいるぞ」】
「ッ!?」
背後から掛けられる声。その声の方向に嘘真朧が振り向こうとした瞬間、横殴りに強い圧力が加えられる。
【「俺に攻撃のインターバルなど存在しない。頃合いだ。そろそろ沈め」】
地面に跡を残すようにうつ伏せで沈み込む嘘真朧の身体を見て理解する。幻術のような力も万能ではないことに。予想外の位置、相手を視認できない状態では満足な力が発揮できないことに。
そもそもな話、生物としての格が違うのだ。決定打を持たない相手に、焦って攻撃を仕掛ける必要もなかったというだけの話。
【「……」】
人体の急所。項を抉り取るような一撃。手応えもあった。三つ目の魔獣は最後、無惨に倒れ伏す女に憐憫を思わせる眼差しを向けた後、背を向けてその場を離れることに決めた。
一陣の風が吹く。ざわざわと騒ぎ立てる
「ねぇ――ぼくがどうして“最弱”って云われているか、知ってる?」
【「……何故立ち上がれる?」】
魔獣はこの言葉に振り向きながらも無言を貫いていた。このやり取りは二度目。立ち上がってくることに驚きはしても、想定外と吐き捨てる気はなかった。
「ああ、ゴメン。キミに分かるわけないよね。さっきの“最弱”発言もぼくの自己申告なわけだし」
【「繰り返し問う。何故、立っていられる?」】
魔獣は再度問いかける。立ち上がれるだけの気力。その根幹にこの苗鳩嘘真朧という女の強さが潜んでいるのは事実。
数えきれないほどに殴りつけてもその全てをいなし、瞬時に視界から消失し、音も無く背後を取る。まるで忍者の様だ。いや、忍者ならばどれだけよかったことか。その程度であれば何の苦も無く、最初の一撃で屠り殺せていた。つまらないお遊びだと一蹴できた。
「ぼくが最弱なんて云われているのもね、彼らが余りにも馬鹿げているからなんだよ」
しかし、返ってくるのは見当違いの言葉。
「レギオンにいるヤツってのはさ、バケモノばっかりなの。灸くんなんてすごいんだよ?腕や足が吹っ飛ばされたって、涼しい顔で“問題ねえ”って言うんだ」
【「答えに――」】
「凄いよね。バケモノ以上に魔獣って感じ」
【「――なっていないッ!」】
言葉を待たずに沈み込む巨体。微かに焦げる臭い。空気の摩擦で草木がチリリと悲鳴を上げる。恵まれた身体能力にものをいわせた特攻弾頭。
今までで最もシンプルで、最も疾い。戦闘を愉しむという彼なりの矜持をかなぐり捨てた殺意の一撃。
__異能 嫉妬喰い『Envy Eater』
「ゴメンね。ぼくにも負けられない理由くらい、あるんだよ」




