嘘真朧VS三つ目の魔獣5
嘘真朧の挑発とも取れる発言に魔獣は激昂することなく詰め寄り、速度を乗せた掌底を叩きこむ。
既に三つ目の魔獣に手心を加えるという思考は無かった。ただ、苗鳩嘘真朧という存在への興が潰えただけ。遊んでいたオモチャに飽きたからもういらなくなっただけ。けど、それはもしかしたら焦燥感を隠すためだけの、ただの言い訳なのかもしれない。
音速に迫る一撃。まともな反応速度で対応することはほぼ不可能な領域。人間とは下等な生物。触ればへこみ、握れば拉げる。その程度のか弱き存在。だから、人間如きに見極めることなどできはしない。
【「誑かすだけの力など不要。弱者など不要。俺が求めるものは俺を超える力だけだ」】
異能の正体が何であれ、幻術ならばトリガーとなる動作が必要なはず。しかし、先ほどの一撃。確実な手ごたえがあった。インパクトの瞬間、身を引かれたため致命打とはなり得なかったが、確実に嘘真朧の体力を削ったという確信があった。だから、これが決め手となる筈だった。
「ふぅん。それがキミの求めるもの?」
背後から嘘真朧の声。振り返る魔獣の三つ目が一斉に見開く。今度こそ、確実に潰したと思っていた。
(ッ!?なぜだ?なぜ後ろを取られる?力は元より、速度は確実に俺が上回っているはずだ。異能を発動する所作は無かった。ならば何故背後を取られる?)
激昂に陥り、その感情を利用されてしまっていたのかもしれないという疑念。だから淡々と、目の前の障害を駆逐することだけに思考を固定した。
しかし、冷静さを装っても意味はない。圧倒的優位という立場が次第に脅かされていく。繰り返す攻撃。隙を突いた奇襲。一挙手一投足まで観察した。
だというのに、踏み躙ることができない。触ればへこみ、握れば拉げる矮小の存在が消えてくれない。真夏の夜、耳元で飛び続ける羽虫の如き羽音が、いつまで経っても消えてくれないのだ。
ボルテージが異常を来す。視界が遠のいたり近づいたり、曖昧になっていく。思考が思考として完結しない。当たり前が当たり前として履行されない。在ってはならない事態に意識が朧気になっていく。
これが――幻覚?
その時、魔獣の頭の中で何かが切れた。
【「アアァアアァァアアぁーーーッ!!!」】
溢れ出る憤怒の激情。閉じ込めていた本当の自分。真なる自己を解放する。力の奔流は目に見える形では確認できないものの、それに気圧される形で周囲の地形を侵していく。
例えるならば彼を中心とした小さな台風。吹き付ける嵐のような風圧は近寄ることはおろか、その場で立つこともままならない。どうせ幻覚が打ち破れないのであれば、打ち破る必要もない程の広範囲を全て殲滅してしまえばいい。抗えない程の力で、完膚なきまでに打ち負かしてしまえばいい。
再生能力のある魔獣と云えど完全な生命体ではない。先ほどの猛撃、それに伴う肉体の破損の修復。攻撃が通らない焦り。極めつけは、確実にものにしたと思っていた奇襲の回避。既に彼の中には論理的な思考は消え失せていた。
障害を蹂躙する事。それは三つ目の魔獣が真に求めていたことではない。
【「ォオオォオオォオォッ!!!」】
魔獣は求めていた。自分という存在がなぜ生まれたのかを。魔獣に生まれた時の記憶はない。気が付けば目を開き、呼吸をして、この場所に立っていた。親が誰なのかも知らないし、生きるための術も分からない。否、生きるための意思が見出せない。
自分が生まれ落ちたことに理由があるのであればそれを知りたかった。時折苛むのは脳内を焼く微熱のような感覚。薄らと翳る記憶は名も無き情景。夕日に照らされた一人と一人。それが誰なのかは思い出せない。理解できない。
目の前の女からは自分と同じニオイがした。それはきっと同じ高さに立てた者だけが醸し出す、誇りのような何か。
強き自分と対等に渡り合える存在。
拳をぶつけ合えば何かが変わると思っていた。
『生まれた意味』を、教えてくれると信じていた。
だけど――
【「ウゥオォォオォォォッッッ___!!!」】
それが叶うことはなかった。




