二人の宝城ミル3
「ッ!?和也くん!アタシの後ろに!さっさとしろッ!」
和也はその言葉に弾かれるようにミルの後ろへと身を屈める。今自分の双肩には、文字通り二人の命が圧し掛かっているのだ。
自分の力を認めさせたいとか、年下に守ってもらうのが格好悪いとか、余計なことは考えるな。そう強く言い聞かせる。
力強いミルの声は不思議と冷静になれた。
(そうか、宝城さんが自分の心を殺したのは魔獣を倒すためだけじゃない。むしろその逆、俺の為だ。聴き分けの無い俺を言葉でねじ伏せるため仕方がなく、ということなのだろう)
普段のミルは年齢がまだ十五歳ということもあり、威厳というものが到底感じられない。嘘真朧のサポートとして最低限の戦闘は行えるものの、持ち前の楽天的な気性も相まって言葉の重みがまるで無いのだ。
(あとで謝るべきだな。彼女のことを、どこか軽視していた。違う、彼女は『嫉妬』の団長が認めた存在なんだ)
ミルは身体を屈め、空間から手繰り寄せた大鎌の柄を地面に突き立てると、漆黒の群れへと駆け、襲い掛かる犬型の魔獣を通り過ぎる。
紙一重に攻撃を躱された魔獣たちは即座に振り返り、ミルの無防備な背中を食いちぎらんと一斉に襲い掛かる。
「ギャぁギぃ!?」
瞬間、魔獣たちの背中から襲い掛かるは鎌鼬の如き斬撃。否、ミルの意思に呼応し手元に引き寄せた大鎌だった。
「姿が獣なら脳味噌も獣未満っての、分かり易くていいね♪」
「す、すごい、宝城さんっ」
ミルの意思によって、好きなタイミングで手元に引き寄せる事が出来る感情を刈り取る鎌。
戻す速度もある程度自在ではあるが、あまりに速くし過ぎると、戻した際の衝撃に身体が耐えられないので、事実上限界の速度がある。
(っち。今ので全部潰すつもりでいた。反射神経が思ってるよりも良い。あの三つ目の血を引いてるのか、当て勘で攻撃を仕掛けても反応してくる。なら、いくら馬鹿でも次は学習してくるはず。面倒くさいな)
意趣返しの様に無防備な背中を巨大な鎌で引き裂かれた魔獣は散り散りになって吹き飛びながら霧散する。それでも、攻撃を体よく躱した数匹が勢いを止めることなくミルへと飛び掛かる。
「っ!宝城さんッ!まだ来るぞッ!」
「だーかーらー!ミルちゃんだって言ってんだろッ――断頭の光纏鎌刃!」
ミルが手に持った鎌を前方に投げつけると、空中で静止し出鱈目な速度で回転し始める。それは紫色に発光しながら加速し続け、やがて一つの球体となり、周りの大気ごと全てを斬り裂いてゆく。聴こえてくる音からも回転速度は尋常じゃない。触れれば即死級。和也の眼には少なくともそう視えた。
回転する鎌はミルの眼前に音を立てて鎮座する。これは攻撃だけではなく、防御も兼ね備えた攻防一体の技。魔獣にもその危険性が一見で理解できたのか、空中で器用に一度方向転換をしてその脅威を避けようとしたのだが。
「へえ、随分と器用だなァ。けどさ、そんな薄味なわけないだろ」
その狂気から逃れようと左右に逃げ出す魔獣の方向に向けて、ミルは突き出したままの手のひらを向ける。すると、その手のひらに呼応するかのように、目の前で回転している鎌が魔獣の逃げた方向に弾かれるように飛び出した。
回転する鎌は逃げ遅れた魔獣を数匹巻き込み、地面を抉り土煙を上げようやく静止する。吹き荒れる砂煙は一帯を覆うように巻き上がり、和也はその光景に思わず目を瞑り後退る。
しかし、獣型の魔獣はその程度の障害では怯まない。もとより嗅覚で獲物を判別している魔獣にとって、これは好機であると思ったに違いない。
示し合わせたような挟撃。煙に塗れた視界の先には、獲物を食いちぎらんとギラりと輝く狂牙が覗かせる。
攻撃は四方。数は数えられるだけでも二十以上。手元に武器は無い。おまけに視界は巻き上がった煙で覆い尽くされている。これを絶望的状況と言わずして何というか。その状況を固唾を飲みこみ見守る和也。ミルの余裕の表情を見て、大丈夫だという確信を抱きつつも、不安を拭い去ることは出来なかった。
「これはアタシの異能の副産物。アタシの精神に呼応する鎌はアタシの意思に服し、意のままにその在り方を変えるんだァ」
肉薄。その咢が頭を覆い尽くすその瞬間。爆ぜるような衝撃音とともに、視界が紫に包まれた。
砂煙を突き抜けるように閃いた紫電の軌跡が、四方八方から迫っていた魔獣たちをまるで踊るように切り裂いていく。その閃光は直線でも放射でもない。まるで意思を持った蛇の如く、空間を縫い付けるように、曲線と捻じれを重ねながら魔獣たちを断罪していく。
驚嘆の声を上げる間もなく、寸断されていく魔獣の群れ。やがて、吹き荒れていた砂煙が収まると、そこに立っていたのは一人。
「魔獣くんもけっこー頑張ったのは認めるけど、アヒャヒャ!まぁ、こんなもんだよねェ♪」
彼女の手元には、先ほどまでは空を舞っていたはずの、悍ましい程鮮やかに光る紅紫色の大鎌が、既に再び握られていた。




