二人の宝城ミル2
「あ、あなたは?」
目の前で起こっている事実が上手く飲み込めないまま、呆けた顔でそう訊き返す。感情を刈り取る鎌を自身の胸に突き立てたのだ。
何が起こっているのかなど、誰の眼にも明白であり自明の理。それでも訊かずにはいられない。それほどの異質が和也の前に在った。
「何って宝城ミルですよ。いひひひ!和也く~ん。分かんな~い?」
和也の心を見透かすようにミルは吐息が掛かるほどに顔を近づけ、ニヤリと歯を見せながらそう答える。その歪んだ瞳には無力な者への嘲笑の意が込められていた。
「はぁ、この異能はあんまり使いたくなかったんだけどなァ。自覚してるままどぎつい躁鬱状態に入ってるみたいな感じで、頭グワングワン、視界ぱちぱちで喧しいっていうか、解りますゥ?」
「い、いや」
先ほどの魔獣は今の一閃で全て消し飛んだが、おそらく第二陣、それも先ほどの数よりも多くの魔獣が直ぐに嗅ぎ付けるだろう。こんなところで悠長に会話をしている暇は無いと言おうとしたが、和也は気圧される形で言葉を飲み込んでしまう。
「正直不思議な気持ちなんだよなァ。さっき和也くんのことを見直したーって思ってたのに、今はマジで使えねーって思っちゃってる。これだけは整理しようにも整理できないワケ。だってどっちもアタシなんだから」
「……その、宝城さん」
「あーミルちゃんでいいよ。宝城とか会社みたいでダセーから」
座り込んでいる和也に手を差し伸べながらミルがそう言った。残っている方の親指で出口の方を差す。どうやら質問には、歩きながら答えてやるという事らしい。
和也は差し出された手を一瞬ためらった末に取った。軽い。あまりに軽い。だがその身体に宿る力には、戦場に君臨する暴威と云う名の重みがあった。
立ち上がると、膝が震える。だがそれは恐怖ではない——ミルという存在の輪郭が、あまりに掴めなさすぎることへの混乱だ。けど、とにかく今は動くしかない。地面に寝かせていた九嵐とアリナを、再び担ぎ上げる。
「……ミルさん」
「さんって。んーまあいいや。で、なに?」
「ああ、そのですね。えーと」
下を向き言い淀む和也。
和也は魔獣の気配があること。そしてそれらは、こちらの戦力を改め万全で襲い掛かってくる可能性もある。だから、この場から早く離れたほうが良い。そう言おうとしたのだが、ミルもその辺りは理解していたようで、わざわざ言う必要が無くなってしまった。
ならばと、思い切って先ほどの事象について訊いてみることにした。
「さっきなんで、あんな危険なことを。自分の胸に、刃を」
「ん?ああ、あれ?」
ミルはケロッとした顔で肩をすくめる。歩きながら、彼女はまるで独り言のように言葉を続けた。
「アタシの異能ってね、心を殺すんだ。敵の心を殺して、痛みとか恐怖とか、快楽とか、そういう“存在の証明”を奪ってく。存在の証明ってのはさ、たしかにここに生きているっていう強い心でもあるワケ。それって感情としてはすっごく上等なんだよ、ワカル?だからアタシは“感情を収穫する”ってカンジでやってるんだ」
「……」
「でもね、それだけじゃ足りないんだァ。敵の心だけじゃ、物足りない。だから自分の心も喰わせるんだよ」
和也は言葉を失う。自分の感情さえ刈り取り、それを異能の“燃料”にしているというのか。それが現実味を帯びるほどに、ミルの異常さが浮き彫りになっていく。
「この異能は生きてるのかもね。だって時々声が聴こえてくるような気がするんだもん」
彼女は振り返らず、まっすぐ出口に向かって歩きながら言う。
「アヒャヒャ!なーんてね。今のはぜーんぶ嘘!あくまでも一時的に感情を刈り取っただけ。こうでもしないと戦えない情けないヤツって笑ってみたら?ヒャヒャヒャ!」
彼女は振り返りながら舌舐めずりをする。その当惑した感情も大好物だというかのような醜悪な笑み。
先ほどまでの、少し頼りなさげでも、周囲に気を配って戦況をサポートしていた宝城ミルとはまるで別人だった。




