二人の宝城ミル
「――最弱ですよ?」
その投げやりな言葉に度肝を抜かれる。「彼女は強いのか?」という和也の問いにミルはあっけらかんと答えた。
その表情はまるで「で、それでなんか問題ありますか?」とでも言わんばかりだ。そのあまりにも無責任な態度に、和也は傷が悪化することも厭わず声を張り上げる。
「じ、じゃあ!なぜ彼女を一人にッ!!なぜそんな薄情なことが出来るッ!?俺たち三人がかりで敵わなかった相手だぞッ!?」
「わわっ!そんなに力まないでくださいよ!傷が悪化しちゃいますって!」
和也の傷はミルの異能 魔女裁定『Walpurgisnacht』によって痛みという心を殺されている状態。痛みはなくとも負っている傷は本物であり、本来であればまともに動けるような身体ではないのだ。
「……っ!納得の出来る説明、お願いします」
その真剣な表情を見て、嘘真朧と同じくミルも全豹和也の評価を改める。初めは自身の目的の為ならば周りを平気で利用する、言ってしまえば血も涙もない人間だと思っていた。
けれど違う。窮地に立ち、同じ窮地に立たされた仲間を見て、彼はようやく気が付けたのだ。
「心配しなくても大丈夫ですっ!だって団長ですからっ!」
「は?答えに、なっていないっ」
笑いながらそう言い切るミルに、怪訝な顔を返す和也。
「あー、ちょっと後でいいですか?」
まだ話は終わっていないと思いつつも、ミルの視線の先に目を向けると、そこには三つ目の魔獣の装甲から生み出された複数の犬型の魔獣が、獲物を狩り殺さんとその双眸をギラつかせてこちらを睨んでいる。その数は軽く十を超え、そのどれもが必殺の凶器を剥き出しにしていた。
「俺も加勢します!この数を相手に一人ではッ!」
「あのね!全豹さんは二人の命を預かってるってこと!忘れてませんか!?」
「ッ!」
けど一人では。もう一度そう口にしようとして、和也はその言葉を飲み込んだ。包帯を巻いた上に滲む赤色。今もなお、血が流れ続けている無力な自分に何が出来るのか。痛みという感情が無い今だからこそ、和也は冷静になることができた。
(他にも魔獣がいるかもしれない。いや、かもしれないじゃない。確実にいる。なぜなら、追ってきた魔獣は目視だけでも三十に近かったからだ。魔装はもう使えない。いくら一体一体が弱くても、今襲われたら二人を抱えている俺は、俺たちは、無抵抗に殺されるだけだ)
やり場のない感情はある。けれど我を曲げずに無茶をして、無理を通して、その先に待っているのはきっと後悔だけなのだから。
「ああ、それでいいんですよ。とりあえずそこで休んでてください。“勝てないと解って立ち向かうようなクズはウチには要らない”って団長言ってたんで」
そう言うと、ミルはどこからともなく取り出した大きすぎる死神の様な鎌を手中で回転させ、その切っ先を自身の胸へと迷うことなく突き立てた。
「なっ!?」
自分の胸に凶器を突き立てる。その異様な光景に目を奪われ、和也は言葉を失った。
いや違う。たしか感情を刈り取る鎌といっていた。ならばそれは意味のあることに他ならない。自傷行為に見えるあれは感情を刈り取る儀式。恐怖心や焦り、戦いの為に不要なものを取り除く為の、彼女の戦い方。
その証拠にミルの身体から漏れ出すのは血液ではない。それは黒みがかった紫色の光。鎌の切っ先を中心に渦を巻き取り込まれるように染み込んでゆく。
その光景に気圧されたのは和也だけではない。彼女らを取り囲む魔獣も同じだった。しかし、その行為が攻撃でも脅威でもないと認識するや否や魔獣たちは号令をかけるように咆え、一斉にミルへと飛び掛かる。
「宝城さんッ!」
雪崩れ込む魔獣たちの影。三つ目の魔獣から生み出されただけの存在といえど、その一つ一つがミルの身体よりも大きいのだ。三十を超える獣の影に彼女の小さな体が押しつぶされ、一瞬にして勝敗が決してしまった。と思われた、その瞬間――
「笑っちゃうよなァ」
――空間が真横に両断されたような錯覚に陥る。
「こんな異能に頼らなきゃいけないとか、ちゃんちゃらおかしいってさ」
否、錯覚などではない。その証拠に、和也が瞬きを一つした後には、身体が真っ二つにされ吹き飛ばされていく犬型の魔獣の群れがあった。
次々と黒い霧となって霧散していく魔獣の影。次第に晴れて行く闇を振り払うようにその中から何かが立ち上がる。
「なァ、和也くん。お前もそう思うだろォ!?」
「!?」
こちらに振り向いて物足りなさげに中指を突き立てる少女。それは宝城ミルの姿をした誰かだった。




