嘘真朧VS三つ目の魔獣
三つ目の魔獣が首を傾げながらニヤリと笑う。
悩んでいる時間は終わりだ。もう手加減も様子見もない。ヤツは本気で獲りに来る。
木々を陰から陰へ。矢継ぎ早に移動して攪乱する。いくら魔獣の身体能力が高いと言っても、人型である以上、できる動きは人間のそれと大して変わらない。
けど、ぼくと魔獣とでは決定的な違いがある。それは基礎の身体性能。つまり体力だとか腕力だとか、そういうこと。
ぼくは自慢じゃないが力がある方ではない。腕相撲だってミルちゃんに三戦三敗するレベルだ。体力も同じ、人並みにはある方だと信じたいが、普段から運動をやっている相手にはとてもじゃないが敵わない。
つまり、場が膠着すれば負ける。ぼくが取れる手段としてはさっさと肉薄して致命を入れる事。その為には隙をついて一気に潰すしかない。だから、ヤツの手札が晒された今、迷う必要などどこにもないのだ。
【「ッ!?」】
死角を取る。眼の移動は自由でも思考して対応するには少なからず隙が発生する。それはコンマ一秒にも満たない程の時間だが、紛れもない無防備な状態だ。ぼくはその一瞬を見極めて魔獣の足元に滑り込み、持っている特注のナイフを脹脛に全力で突き立ててやった。
当然魔獣はその痛みに反応し、視界に捕らえようとぼくの方を向く。だが、それだけでヤツの能力は発動しないのは確認済。とはいってもぼくの膂力じゃ決定打とはいかない。これは様子見。洗礼の一撃だ。
魔獣はその視界にぼくを捉えるが、能力は発動しない。当然だ、お互いの目が合わなければ発動しないのだから。ここにきて自身の能力に頼った戦闘スタイルが裏目にでる。
足音が一つ、二つ。ぼくは目を閉じたまま、もう一本のナイフを向けられているであろう、眼球目掛けて投擲する。こちらを見て狼狽えていることなど、目を閉じていても分かるというものだ。
キンッ!と鈍い音がする。命中はしたものの、身体を掠っただけ。この至近距離で当てられなかった。やはり反射神経も相当なものらしい。ぼくはナイフによる追撃の為、捻った身体をそのまま遠心力に任せて沈み込ませると、背後の木の幹に向かって跳びこんだ。
キンキンッ!と続けざまに金属音が響く。忙しなく動く眼球に向けて放たれた二本のナイフ。今度は命中こそしたものの、どうやら固い装甲に阻まれてしまったようだ。はじき返されたナイフはそれぞれが別の方向に飛ばされる。
一本は地面に、もう一本はぼくを通り過ぎ、後方の離れた幹に突き刺さる。首を振り咄嗟に躱しはしたものの、数本の髪の毛を裁断していた。
(ふぅ、あのナイフ結構高いんだけどなー。また上にどやされるかもね)
ぼくは深呼吸をしながら愚痴をぼやく。
(けど、おかしいな)
さすがの反射神経だとは思ったが、魔獣の動きが鈍い気がした。あそこまでの身体能力、三人を相手に圧倒してみせるほどの戦闘力、三つ目による相手の動きを制限できる制圧力。特に三つめ、言ってしまえば対面した相手に常に防陣を張っているようなものだ。
体格差を考えれば、あの能力を盾にゴリ押しをかけてしまえば、大抵の相手は数分も経たずに殲滅できるだろう。あの三つ目は自由に移動させることは出来ても、さすがに増やすことは出来ないはず。四人以上に囲まれれば対応することは出来なくなるだろうが、今対峙しているのはぼく一人。おまけにパワーもフィジカルもあっちが上。攻め込まない理由がない。
いや、もしかしてぼくの異能を警戒しているのか?
そう、ぼくが考えを巡らせようとした時――
【「なぜお前一人残った?」】
――魔獣が木々の向こうから、問いを投げかけてきた。
「ぼくは独りが好きなんだよ。キミと同じだ」
【「それが解せない。数はそちらが上。恐らく俺の弱点にも気が付いているだろう。なら全員で掛かってきたほうが勝率が高いはずだ」】
なるほどな。ヤツの動きが鈍かった理由は“それ”か。自分の理解できない、得体の知れない何かが引っかかって、無意識のうちにストッパーになっていたんだろう。
「腐ってもぼくは団長。団長には団員を守る義務があるのよ。それがどんな理由であれ、ね」
少しの間沈黙が流れた。ぼくたちを囲む木々も、少し遠くを流れる川も、一羽飛び去って行く小鳥も、全てが空気を読むように沈黙した。それは決して短くない時間。やがて一つの回答に辿り着いたのか、魔獣は静寂を破るようにこう言った。
【「――お前は、強いのか?」】
それは和也に投げかけた言葉。それは武人としての問い。魔獣である前にこの戦闘を楽しみたいという、生命としての純粋さの表れ。
だから、ぼくは迷いなく答えてやった。
「ぼくは……」




