透明の先のキミ
――その言葉が、心に澱のように沈んでいく。
風が一度止む。橋の上にまるで静止画の様に佇む一人と一人。何の曇りも先入観も全てを取り払うことが出来たのなら、再会を懐かしむ友人同士にも見えるのだろうか。
「そうね。ぼくは。ぼくたち人間はつまらない存在だと思うよ」
ぼくは魔獣の心の声に対して静かにそう答える。振り返らず、前だけを見つめたまま。もちろん、こんなどうでもいい話はただの時間稼ぎ。直視できない相手をどう攻略するか考える。
けどまあ、そんな必要は無いか。
魔獣如きに対して考えるのも馬鹿馬鹿しくなり、そう思考をさっさと切り上げ討伐に掛かろうとしたその瞬間。
「……」
何故だか懐かしい香りがしたのだ。
こんな森の中、初めて来たはずなのに、このニオイも情景も全てが全て懐かしい。どうしてこんな気持ちになるのか、そんなことがあっていいのか――そんなことはなくてはならない。
相反する感情が、想いが錯綜する。
ゆっくりと橋の欄干に手を添える。川の水が音を立てて流れていく。その濁り塗り潰された、透明な流れにはどこにも淀みがない。その透明の先に、ぼくは何かを見出したくなった。
「ねえ。キミたちはさ。どこから来て、どこへ行くの?」
ゆっくりと向き直る。彼の三つ目を視界に入れても、ぼくの脳内に激痛が走ることはない。彼の魔眼は発動していない。それはきっとぼくに敵意が無かったから。
「ねえ、訊いていいかな?」
【「……」】
魔獣は答えない。
それは肯定として捉えてもいいのだろうか。
敵意を抱かせないよう全身を脱力させたまま、少しの間を取ってからぼくは問いかける。これほどの力を持ちながら森の奥を縄張りとして、人間に危害を加えるのを極力避けている。魔獣の生態なんざ知ったことではないが、その歪さがどうにもおかしく感じられたのだ。
「キミはあの日のキミなの?」
ぼくは素直な疑問を口にする。
あの日のキミ。それは他でもない学生時代のぼくが邂逅した沈黙の少年。ぼくの眼だけに映り、ぼくだけを認識した少年。ぼくはあの日、人と魔獣の共存など無理なのだと決めつけて、一方的に突き放した。
あの日から彼の夢を時々観る。それはきっと後悔と云う名の本当の願い。だから、時間は経ったけれど、忘れることなんてなかった。その彼が目の前にいる。そんな気がした。
姿形は似ても似つかないけれど。何の根拠もないけど。目の前の少年はあの日のキミのまま、同じニオイのままだったから。
【「……」】
魔獣は答えない。
それを肯定として捉えていいのか、ぼくには分からなかった。
いや、肯定として捉えたくない。そうであってほしくは無いと願いたかっただけなのかもしれない。それはあまりにも救いが無さすぎるから。あまりにも悲しすぎるから。
そんな現実を認めたくない。だってそれは、肉体も心も感情すらも塗り替えられて、今日この日に至るまでこうして生きてきたということだから。
__そんなの、悲しすぎるじゃないか。
ぼくはもしかしたら、レギオンの団長としては失格なのかもしれないな。
自分の心に嘘はつけない。
「もし、そうだとしたら。ぼくにキミは――ぅあ゛ッ!?あああああッ!!」
突如、脳内に手をそのまま突っ込まれ、無遠慮に握り潰されるような激痛が走る。これは紛れもない彼の能力だ。ぼくはすぐさま彼を視界から遠ざけるように、近くの木に飛びつくように転がり込んだ。
話は聞いていたけれどかなり強烈。発動時のタメらしい予備動作無し、ガード不可、視認できる距離なら射程も無限とチート染みている。しかも彼の身体能力をもってすれば、相手の視界に映るように移動し続けることも容易だろう。必然――
「っくッ!?」
――目を閉じての戦闘を強要させられるッ!
【「くだらん。お前はヤツらより、楽しめそうだと思った。だから、選んだだけだ」】
相手の気配に注意しつつ呼吸を整える。
(くそ、油断するなんてぼくらしくない)
ヤツは心までも見透かしているのか。あの日の彼の面影を映してぼくの動揺を誘ったのだ。ぼくは馬鹿だ。だれだって少し考えれば分かる。あんなバケモノが公園の少年なわけないじゃないか。
けど、ぶっちゃけこれで良かったと安心した。だって、彼らにはあまりにも荷が重すぎる。
水無月さんは異能の酷使と戦闘での負傷、全豹さんは血溢流動による一時的な身体傷害。見た感じでは相当無茶をした様子ではあるが、適切な処置を受ければ問題ないはず。炎堂さんは一番の重傷。片腕を失ってしまっていた。ただ、不幸中の幸いか命に別状はないだろう。
正直、彼女に合わせる顔が無いが、今は目の前の戦いに集中だ。あまりにも大きな痛手だが、まだ最悪ではないのだから。




