知性を持つが故に
木製の橋を渡る足音が、辺りにキリキリと響く。
足元に流れる川は、一見底無しに視えるまで汚染されている。それがまるで、入り組んで難解な魔獣の生態系を表しているかのように思えた。
そう、魔獣の生態系はよく分からない。人類を害として襲い掛かると思えば、自然環境を破壊するような行為はしない。ぼく達人類も襲われるから、やむを得ず反撃の手段を模索しているほかにならない。
だから、魔獣に元来の生態系理論は通用しない。彼らには彼らなりの生態系がある。彼らは食欲というものが存在しない。つまり、栄養を取らなくても生命活動を維持できるのだ。だから、熊が食糧不足で街に降りてくる例はあっても、魔獣が腹が減ったからといって、街に降りてくることはない。
あの三つ目の魔獣も刺激しなければ、街まで人を襲いに来ることはないだろう。今回はぼくたちが彼らのテリトリーに足を踏み入れたから、仕方がなく迎撃態勢を取っただけ。もしそうであるならば、今回の件に関しては人間側が悪、ということになる。
魔獣にはテリトリーがある。そこに着目したどこかの研究者が魔獣との共存を訴えたらしいが、具体的な進展は聞いたことがない。
それに魔獣に関してはまだまだ分からないことだらけだし、今回の三つ目の魔獣のような未確認も多い。調べようとすれば当然犠牲がつきもの。研究者たちも自分の命に代えられるような酔狂者はいない。畢竟、打つ手無しなのだ。
(ぼくたちが悪、なのだろうか)
いや、そもそもな話『魔獣は人間を襲うモノ』なのだから、遅かれ早かれ被害が出ていただろう。今はそう思い込むことにしよう。安い同情は命取りになる。
(足音。よし――)
嘘真朧は小さく息を吐く。
魔獣をこちら側におびき寄せるため、声を上げようとしたその時だった。
(足音、大きくなってる?こっちを選んだってことか?)
静かすぎる森に一筋の緊張が走る。ここらで彼らから貰った情報を整理しておこう。
あの魔獣は未確認の個体。それは視れば分かる。等級は不明だがB級以上。会話の傍観、全豹さんから聞いた鬼ごっこの提案。裏を返せば逃げても追いつくことが出来るという自信の表れ。このことからも身体能力には随分と自負があるのだろう。フットワークは人間を遥かに凌駕していると考えて間違いないはず。
そしてあの魔獣の最大の武器。三つ目の魔眼。魔眼を直視した者への精神攻撃。悲鳴を聴いた限りではまともな思考は出来なくなるレベルだろう。喰らえば最後、連鎖的に痛みが襲い掛かりそのまま鏖殺だ。そして、それぞれの目の位置は移動させることが可能。相手の足元だけ視て動きを捉えるということも不可能というわけだ。
つまり、相手を視野に入れないまま、並行してバケモノじみた身体能力に競り勝って、決定打となる一撃を見舞ってやらないといけないわけだ。
なるほど、それは骨が折れる。ここまで来るとB級じゃあ生ぬるい。A級以上、それも危険指定域だ。
【「もう、逃げないのか?」】
背中越しに声を掛けられる。
なるほど、対話できるだけの知能があるのか。改めて考えると恐ろしいものがあるな。
「キミの能力、彼らから聞いてるんだよ。キミの眼を視界に入れてしまうとそれで終わり。そうなんだろう?」
【「……」】
魔獣は答えない。しかし、背中を通して伝わるのは殺意でも悪意でもなく、哀しみの念だった。
それは行き場のない感情。悩みを聴いてくれるような友もなく、暴力をぶつけることでしか解決の出来ない、己が気持ちを理解してほしいと訴えかける様な、そんな行く当てのない感情。それは知性を持ってしまったが故の葛藤だった。
『つまらない』
魔獣が直接声に出したわけではなかったが、嘘真朧には確かにそう聴こえたのだった。




