傷だらけのアグニチャリオット
は?鬼ごっこ?
コイツは何を言ってるんだ?
【「俺は知りたい。人間を」】
人間を知りたい。それは解る。魔獣と人間とじゃあ生態もまるきり違う。それどころか言葉を喋り、思考し、考える知能を持つこと自体稀なのだろう。
言語を理解できる人間に訊くのが手っ取り早い。だから、人間が何を考えているのか知りたい。それは理解できるのだ。
【「俺が鬼。十分間やる。逃げ延びてみせろ」】
そう、知りたいという欲求に、鬼ごっこがどうしても結びつかない。
けど、今そのことを尋ねてみても満足のいく回答は返ってこないだろう。それどころか興を削いだという理不尽な理由で逆鱗に触れかねない。ならここはおとなしく従うのが賢い選択だ。
「みな、さん。逃げ……ましょう。今言った通りです」
和也は九嵐の返事も待たず、今なお意識の無いアリナを担ぎ上げる。
「君も傷が酷い。私が担いでいく」
「はは、さすがに、無茶、ですよ。人二人担ぐなんて、ってうわ!?」
「傷だらけの君に歩幅を合わせるよりはマシだ。体力には自信はある。君は黙って休んでいろ」
大の大人を二人担いでの悪路の逃走。声が心なしか震えている。和也が無理をしているのは分かった。それに限界なのは事実だ。こんな状態では、いくら十分という時間を与えられたとしても、一瞬で追いつかれてしまうだろう。
「だ、だめだ。私を――」
「置いていけ。なんて言ってくれるな。君は私の、いや、俺たちの為に命を張ってくれたんじゃないか。そんな君を俺は見捨てることは出来ない」
一歩ずつ。確実に進む。もし九嵐たちに勝機があるとするなら、それは諦めない事。逃げた先に何があるのかなんてわからない。けれど、あの魔獣が気まぐれにゲームを持ち出さなければ、九嵐たちは既に終わっていた。それは慢心。奢り。見逃してもらえたといってもいい。
首の皮一枚繋がった俺たちが付け入るとしたら、その間隙しかないのだから。
「ハァ、ハァ……クソッ。時間、ちくしょう」
アナログの腕時計は既にあれから九分を刻んでいた。あと一分。あの魔獣がそんな口約束を守る保障などどこにもなかったが、ここまで追ってきていないのなら嘘は言っていないのだろう。
つまりあと一分。いや正確には三十二秒。騒々しく鳴り続ける心音が時計の針と重なる。三十二秒。それがタイムリミット。俺たちの最期へのカウントダウン。
(ここまで――か)
和也は既に意識を失っていた二人をその場に下ろす。迎え撃とうにも二人を抱えていては出来ない。それはあまりにも無謀な賭け。いや、賭けごとにすらならない。ギャンブルっていうのはどれだけ不利な状況だとしても一パーセントの勝機さえ存在すれば成り立つもの。勝機はゼロ。これは敗北が決定している消化試合。
「丁度いい。限界を気にしないで放つ魔装に興味があったんだ。お前は興味無いか?魔獣さんよぉ」
【「お前は、強いのか?」】
「あぁ。この魔装は俺が出せる最大火力。強いに決まってるだろう」
【「そうか。なら、やってみろ」】
背後に立つ魔獣が嗤う。全く恐れ入る。
「なんだ、目を見たらいけないんじゃなかったのか?」
振り返る。その表情は期待。そして好奇心に満ちていた。その顔を見てコイツも人間と大して変わらないのかもなと、ふと思った。
【「気にするな。存分にやれ」】
俺は一度深く深呼吸をする。結局、魔装の真髄ってヤツには辿りつけなかったな。これまでダラダラと生きてきた。何の目的も持たず気が付けばこの場所に立っていた。チームワークを試すと聞かされた時はまたそれかと呆れていた。いや、今でも思ってる。
ただ、少しだけ楽しかった。本気で挑める環境がなんだか新鮮で、これまで味わえなかった、食わず嫌いだったものが美味しく感じられたときに似ているというか。案外悪くなかったな。
液解転換にかける出力を限界に、血溢流動による拒否反応すら超えて、ボルテージを上げ続ける。身体は悲鳴を訴え「もう止めろ」と叫びかける。空気さえ傷口を苛んだ。
血が沸騰し、交わり融合し、魔力へと変わる。
あとはぶっ放すだけ。目の前で涎を垂らして待ちわびている、ドMヤローにぶち込んでやるだけ。
「がッ!ぐっ!?」
ピシりと骨に亀裂が入る。身体を支えていられなくなり、膝から崩れ落ちる。痛みで集中力が弛緩する。練り上げ転換し蓄積した魔装が、蜘蛛の子を散らすように流れだしていくのが分かる。失敗だ。転換に負荷をかけ過ぎて、出力まで集中が継続できなかったのだ。
続けざまに襲い掛かる激痛の嵐。腕が炙られた様に熱い。骨が溶けだしているみたいだった。
(畜生ッ、発動できなかったっていうのに、対価だけはしっかりと持っていきやがるッ!)
【「つまらん」】
足元を黒い影が覆う。それは無慈悲にも振り上げられた魔獣の片足だった。




