何でもない日の何でもないような非日常5
全豹和也の魔装の弱点。それは発動の際の液解転換による大きな隙と、応用が利きにくい直線上への攻撃範囲。もちろん射程は無制限とはいかない。距離が離れれば離れるほど威力は下がっていく。
詠唱を加えた和也の魔装の威力は先の戦闘で確認済。当たれば確殺。九嵐がこれまで見てきたどんな攻撃よりも強力だった。だから、彼の攻撃をいかにして当てるかが勝利への鍵。それも至近距離で、詠唱を省くことなくという条件付きだ。
九嵐は倒れる際に反転する視界の中に和也たちを確認していた。だから、その場で機転を利かし最後の力を振り絞って無音空間を形成したのだ。スマホを取り出したのは、まだ連絡が取れていない状態だと誤認させるため。中指を突き立てたのは挑発をして注意を惹くためだった。
【「ぐぅうぅうぅぅッ」】
魔獣が蹲るようにして唸る。三つの目がぎょろぎょろと行ったり来たりしているところからも、今の一撃が確実に効いているのは間違いない。もう少しなんだ。
「あり、なっ、さん!ヤツのっ……目を見てはっ…ダメだッ!ヤツはっ、身体中からッ!目を生やすッ!」
こくりと頷く。
詠唱は聴こえなかったけど最大出力の『アグニチャリオット』。全豹さんは反動で暫くは動けないのだろう。だからもう、あなたしかいない。
「くたばれ、クソ魔獣ッ!」
敵の位置は確認した。アリナは目を瞑り、蓄熱『Savings temperature』による熱エネルギー放出を右腕から手の先にかけて出鱈目に出力する。今は正確なイメージを描く必要はない。ただ目の前の魔獣を倒せればそれでいい。それ以外は意識しなくていい。
上がり続ける熱量。その持てる力全てを放出して、今もなお蹲る魔獣に渾身の右ストレートをお見舞いする。
それで決着。全て終わった。
慟哭の様に吐き出されるのは魔獣の断末魔――
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!?」
――のはずだった。
「は?」「え?」
その瞬間に、目の前の出来事に理解が追い付かずに、まるで時間が止まってしまったかのような感覚に陥った。
吹き荒ぶ血飛沫。まるで血の雨だ。魔獣が嗤う。黒い歯を光らせ、その顔が観たかったと嗤う。きっと私たちはこれから先、どんなことがあっても今日のことを忘れないのだろう。
「っ!ぁっ!」
声が出ない。止まった時間の中、当然の様に身体は動かない。動かないといけないと解っていても、身体は石のように固まったまま微動だにしない。
まるで壊れてしまったテレビみたいに映像が動かない。目の前はまだ赤いのに。彼女の涙を拭わないといけないのに。彼の肩を叩いてやらないといけないのに。
魔獣はまだ立っているのに。
ボトリ。鈍い音がする。おそるおそるその音の正体に目を向ける。それが何なのかもう解っているというのに、確認せずにはいられないのだ。だって、嘘であってほしいから。現実であってほしくないから。
「う……で」
焦げ付くような臭いを放つ。それは他でもない炎堂アリナの右腕。先ほどまで魔獣に止めを刺さんとしていた、九嵐たちの希望だったもの。
「あぁあぁっ」
蓄積した熱が行き場を無くし、未だにしゅーしゅーと湯気を立てていた。
「ッ!アグニチャリオットッ!!」
和也は魔獣に向かって無詠唱のアグニチャリオットを放つ。しかし、最大出力の攻撃が効かなかった以上、当然そんなものが通用するはずもなく。
【「ヒトは学習するものではないのか?」】
そうつまらなさそうに言い放った後、また弧を描くように口角を吊り上げる。
また嗤った。恐らく人間のその脆弱さも、恐怖によってまともな思考が出来なくなることも理解している。理解したうえで、嗤うのだ。そんな滑稽さが楽しくて仕方がないから嗤い続けるのだ。
「や、やめろッ!」
魔獣が倒れているアリナの身体を持ち上げる。腕を切り飛ばされたとはいえ、まだ息はある。だから、止めを刺すかと思われたが、魔獣は彼女を壊れていらなくなったオモチャの様に、こちらに投げ飛ばしてきたのだ。
【「そうだな、鬼ごっこをしよう」】




