何でもない日の何でもないような非日常4
「うっ!?ぎゃぁあああぁあぁッ!?!」
九嵐はもう自分が長くないと悟る。最後の力を振り絞り、一言言い返してやろうと目を合わせた瞬間、その激痛の棘が沓の子を打つように突き刺さる。
激痛に次ぐ激痛に思わず敵に背を向け、芋虫のように転げまわる。それが敵前にして取るべき行動ではない、無様で滑稽な事だと分かっていても身体が言うことを聞かなかった。
【「俺の目は視た者の思考を侵す。無心になればその限りではないが、お前ら人間には到底無理な話」】
何が起きたか分からずに転げまわる九嵐を追撃せずにご丁寧に能力の解説をする。それはきっと弱者への驕心。目の前の視界が赤く滲む。喉の奥に鉄の味が広がる。逆流する血液を耐え魔獣の足元に視線を移す。
【「侵すとは即ち、支配する事。お前がお前でなくなること」】
(目を合わせるなッ!目を合わせるなッ!ともかく見上げるな!)
思考すらも侵されている様に感じたから、慌てて自分の言葉で掻き消そうとした。軽いパニックだ。流れ出た血液の水たまりに足を取られ、立ち上がることすらままならない。逃げ出すことは無理と悟り、少しでも時間を稼ぐことに切り替える。
しかし、魔獣の足元、ちょうど足の甲の部分。魔獣の息遣いに脈打つように呼応し、突然亀裂が入ったと思った瞬間、それが割れ中からギョロリと一つの目が覗く。
「がッ!?うぎゃああぁああぁあッ!!」
再び襲い掛かる激痛。外傷ではない。身体の内から何十何百と繰り返し突き刺すような痛み。形容に関してはこれが適切かは分からない。けど、これまで味わったことはない、そしてこの先も味わうことはないであろう狂気。
(あっ!?)
転げた際に見上げた頭部には二つの眼しかなかった。そう、この魔獣は自身の意思で身体の好きな部分、好きなタイミングで移動させることが出来るのだ。
移動させられる部位は眼に限ったことではないのかもしれないが、見れば相手を無力化できる以上、これ以上の脅威は無いだろう。
この情報は共有しなくてはいけない。そう思い血まみれの手でスマホを取り出す。
【「無粋な真似は止せ」】
そう耳元で囁かれ、スマホを握る腕ごと踏みつぶされる。
「ガぁッ!ぐぅッ!」
思考すらも読まれているのか。あの眼に睨まれると不安で仕方がない。何もかもが袋小路のように感じられて、ただただ薄ら寒いのだ。けど、悔しいから中指を突き立ててやった。
「がぁふっ!ごほっ!……へっ、へへ、地獄に落ちろ」
三つ目の魔獣はこちらを見る。消えゆく命の灯火を憐れむような憐憫の眼差し。それはあまりにも人間らしく、感情を持つことでより深く人間を理解しようとしている。そんな風にすら感じられた。
これが、魔獣。これがA級。
___紅蓮の恒星
なるほど、今までやっていた訓練に意味はなかったのか。
___灼炎、鳴動
私たちが声を荒げて、掛け合ってようやく掴んだそれは。
___冥土をも焦がし
きっと、児戯みたいなもの。
___厭世礫する律法を示せッ!
っふ、何も聴こえないな――全豹さん。
【「グゥウゥうぅうオッ!?」】
音も無く放たれたそれは、魔獣の無防備な背中に正確無比に直撃する。焦げ付くような臭い。幾層にも捻じれ重なり、地獄にまでも届く炎の渦。まさしく全豹和也の魔装術『アグニチャリオット』だった。




