水無瀬雫
何の変哲もない日常。
朝起きて、歯磨きをして少し余裕を持って朝食を食べる。朝食はパン派だ。別にパンは好きじゃないけどいつも出されてたから自然とそうなった。
お気に入りの長い黒髪は念入りに手入れをした。顔は正直可愛いっていう自信がある。
お世辞かもしれないけど友だちもみんな可愛いって言ってくれる。お父さんもお母さんも将来は女優になれるねって、そんな簡単じゃないのにね。
学校ではいつもの友だちと一緒にくだらない話で盛り上がった。優等生とは程遠い私だけど、これでも真面目に勉強はしてるつもりだ。
学年での順位は真ん中より少し下。そういった意味では妹の方が出来が良いけど、お父さんもお母さんも私を叱ることはなかった。
最近少し気になる男の子もできた。鵜飼タツキ君。声をかけようと頑張ったけどなかなか難しい。これも恋わずらいって奴なのかな?だからいつも馬鹿にしてた恋愛漫画に心の中で謝った。
でも、そんな彼のことを遠くから見守るだけでも心は満たされていた。私にはドラマは必要ない。
「あ、席となりだね。俺、鵜飼タツキ、これからよろしく」
「あ、えと」
ある日、タツキ君と席が隣になった。
「君、水無瀬さんっていうんだね。水無瀬って苗字、珍しくてカッコいいよね!」
「そ、そうかな? あ、よろしくね、鵜飼君」
「俺の家美容院やってるからわかるんだけど、水無瀬さんの髪すっごくきれいだよね。今度触らせてよ。なんて流石にキモいか。ごめん、今の忘れて」
でも、ちょっとはドラマみたいな展開を期待してもいいのかな。
丁寧に手入れをした髪を褒められて嬉しかった。こんな日常が私は大好きだった。
おそらく殆どの人が謳歌するであろう青春。そしてこんな日常はずっと続いていくと思っていた。
「お母さん?ねえ、お母さん? ねえ、起きてよ! ねえ、ねえ!」
殆どの時間をたわいもない会話で占める部活を終えて家に帰ると、家が荒らされていた。
この光景も何かのドラマで見た気がした。だから、自分に起きた事がドラマとでごちゃごちゃになりそうだった。
「茜? 茜、どこ? いるの!? いるなら返事して!」
次に妹の名前を叫んだ。きっとこれは強盗の仕業なんだろう。
ドラマでもそうだった。そのドラマでは私と妹が運良く助かって二人きり、力を合わせた生きていくんだ。家族を殺した強盗に復讐を誓い、力を合わせて生きていく。
だから、妹を探した。
家内の有り様は凄惨の一言に尽きた。踏み荒らされた床。抉り取られた壁。バラバラに割れたガラス片。とても人間がやったモノとは思えない。目を覆いたくなるような惨状。それでも目を見開いて妹を探した。
靴を脱いで探し回ったから足の裏は至る所が切れ、血だらけで痛い。気がつくと泣いていた。
分かってしまったのだ。もう二人とも殺されてしまったのだと。
ただこの酸鼻な現実から目を背けていただけ。
「お父さん、助けて、お父さん! お父さ――きゃ!?」
絞り出すようにまだ無事であろう父親に助けを求める。
そんな注意散漫な私の足元を、壊れたタンスの木材が掬った。
「っは!? っ痛ぅ」
痛みで目が覚めた。
スマホの電源を入れる。時刻は夜の十時を過ぎていた。気を失ってしまっていたのだろうか。ガラス片が散らばる床で突っ伏していたから身体中が痛かった。
ボロボロの身体と心に力を入れて何とか四つん這いの体勢になる。足元にはガラス片や壊れた家具が散らばっている。真っ暗では危険だ。
スマホのライトを点ける。ふと目の前に置いてあった椅子のようなモノが気になった。
(あれ、さっきこんなのあったっけ?)
見慣れない景色に見慣れない椅子。
疑問に思いながらも何とか立ち上がる。すると目の前に父親を見つけた。
私より大きくて背も高い。少し抜けているところもあるけれど、笑顔が絶えなくていつも私に優しい自慢のお父さんだった。
(あれあれあれ、お父さん、こんなに背高かったっけ?)
心が張り裂けそうだった。縋るものは何でもいい。
だから「大丈夫、パパがいるよ」って言葉が聴きたくて、いつもより少し背の高いお父さんに抱きついた。
けれど、その身体は冷めきってしまって氷のように冷たかった。
私にはドラマみたいな展開は訪れないんだって知った。
「おい、オメー家族みんなブチ殺されたらしいな」
顔を上げる。そこには自分より一回り上だろうか、憎たらしい少年が立っていた。
「魔獣たちはよ、弱いやつには興味ないんだ。だから、虐殺みてーなことにはならねえ。でも、目についた奴は殺される。お前は運が悪かったんだ。違うか?」
「違う。私が弱かったからだよ。弱かったからみんな死んじゃったんだ。お父さんも、お母さんも茜も、蘭子ちゃんも、詩織ちゃんも、奏ちゃんも、タツキ君も、みんなみんなみんなみんな!」
立ち上がりまくし立てるように言ってやった。
目の前の少年がどこのだれかなんてのは知らない。
でも、運のせいにはしたくなかった。運のせいにしたらもう立ち上がれる気がしなかったから。だから、言ってやった。
「お前うるせえ。まじで女ってのはどいつもこいつもキーキー猿みてーにうるせえんだな」
酷い言いようだった。
私が家族をみんな殺されているのを知っているだろうに、歯に衣着せぬ物言いとはこういうことをいうのだろうか、ムカついたから言い返してやりたかったけどそこまでの元気はなかった。
「あんたもうっさい。どっか行ってよ」
「来いよ、魔獣ぶっ殺してーだろ。一緒に上り詰めてぶち殺しまわってやろうぜ! オメー、名前は?」
「水無瀬、雫」




