渦中滲紅4
もう校庭に魔獣の姿はない。校内にいる、可能性はあるだろうか?周りの様子を見る分には、とりあえず落ち着いたと考えてもよさそうだろうか。
「もう大丈夫そうですかね?」
「え、あ、ああ、そうだな。今校内の先生と連絡を取っているけど、ひとまずは落ち着いたみたいだ」
現時点で校内には魔獣はいないとのことだ。まだ近隣の森で発見されたという危険度B級の魔獣が見つかっていない事、それに何が原因で火災が起きたのかが気がかりだったが、一息はついて良さそうだ。
「けどすごいな!烽火仄火さんだよな?話には聞いていたけど、こんな不思議な異能を扱えるなんて思ってもみなかったよ。やっぱり異能の覚醒って、コツとかあったりするのかい?」
「え、いや、その……」
「あ、すまんすまん!馴れ馴れしいな。おれは大迫和馬。非常勤の教師だ。まあ、言わんでも解ると思うが、こういった場だから駆り出されたんだ」
なるほど、だからこんなに特徴的な髪型なのに見かけたことがなかったのか。何にせよいつまで経っても駆けつけることのないギルド連中と違って、彼には立ち向かう勇気はある。それだけは確かなことだ。
「はははっ!でも君に手柄を取られちゃったなあ!いやはやまったく!残念残念!おれも本気を出せばあの程度の魔獣なんか屁でもないんだがな、なははは!」
声だけじゃない、足も震えている。本物の魔獣と相対することなんて初めての経験なのだろう。きっと怖かったんだろうな。けど教員という立場上、生徒の手前、情けない姿を見せるわけにはいかない。といったところか。
「大迫先生。もう本当に大丈夫なんですか?たしかB級の魔獣って話だったと聞いてるんですけど。そいつももう退治できたんですか?」
念を押して訊いておく。消防隊に、救急車も到着した。火事もすぐに鎮静化するだろう。魔獣を退けたのであればここにはもう用はない。喜碧の亡骸は――もう片付けられてしまっていた。
「B級?おれが聞いた話ではそんなこと言われなかったけどな。突然電話がかかってきて魔獣が現れたから応援を頼めるかって話だけさ。本物見たことないけど、B級っていえば異能持ちだとしても一教師程度じゃ歯が立たないよ。ギルドの魔獣狩りにでもお願いしないとな」
「……ギルドッ」
「え、どうしたんだい?そんな怖い顔をして。もしかして、B級の魔獣程度も相手出来ない事、責められてる?あ、ああー、いや、なんていうか、なははは、おれも本気を出せばB級如きもちろんやっつけ――」
「ギルドなんて、役に立たないですよ」
「え?」
ギルドなんて役に立たない。
連絡の不手際、戦うことの出来る人材の不足。緊急事態に組織として動くことが出来ない杜撰さ。人命よりも報酬。窮地に晒される号哭は対岸の火事。肝心な時に現れない。それを現実として実感できた。猛烈に痛感した。
だから、いつだって自分たちを守ることが出来るのは、自分たちだけなんだ。
そうさ、あの時、ぼくに戦う力が立ち向かう覚悟があれば、友だちを失わずに済んだんだ。
「B級の魔獣はまだ見つかって無いんですね。ぼくちょっと用事があるのでここでさよならです」
「お、おい、もしかして君っ!」
自分でもなぜこんな思いが湧き上がってくるのかよく分からない。
喜碧の頭を喰らい殺害した魔獣は有象無象の獣型。体躯もあの中では小さかった。基準はよく分からないが、危険度としてはB級はおろか、最低ランクのD以下だと思う。きっと、もう駆除されてしまっているだろう。
いくら異能に恵まれているからといっても、ぼく一人でB級の魔獣に勝てる根拠も道理も無い。それに、仇を取ったところで喜碧はもう戻ってこないのだ。けれど、湧き上がる。煮えたぎるマグマの様に。ふつふつと絶え間なく。
後ろから掛けられる声は、未だ燃え上がる血に染まったような紅蓮と、内から湧き上がる炎の様な黒い感情によって、全てかき消されてしまった。




