違う世界を観る
何かが、引っかかってる。
頭の中のどこか、名前も分からないような器官に入り込んだのは異物感。
でも、それを取り除く手立てはない。だって、脳を切り開いて手を突っ込むわけにもいかない。だから、取ろうと思って取れるものではない。
しきりに頭を掻いた。何か忘れてる。何かを見落としている。こんなことでは勉強も手につかない。集中しようとしても頭の中のどこかに引っかかった“何か”が邪魔をしてくるのだ。
「っち、なんなんだよ、もう」
煉瓦造りを模したのだろう、きれいに整えられた廊下を歩きながら、ぼくは分かり易く舌打ちをした。
昨日は、別に変なことはなかった。いつも通りの一日だった。強いて言うのなら巴鳥少年と話したことだけ。そのせいで帰りが少し遅くなった程度だ。母親に理由を聞かれはしたが、学校関係で遅くなったと返しておいた。おかしなことなんて、なにもない。
「ねえ、仄火。体調悪いの?」
じゃあ、話した内容か?
彼とはぼくがいつもジャスミンティーを飲んでいる事、彼の名前の由来について、そして探偵に憧れているということ、ぼくが公園に行っている理由を聞かれただけ。他にもいろいろと話したり、聴いたりしたけど、別に他愛もない日常会話ばかりだ。
「仄火、聴いてる?」
そもそも、初めて会った相手に何を感じるというのか。ならきっと、頭に引っかかった“何か”はどうでもいい“何か”なのだろう。考えるだけ無駄、思い出してもどうでもいい事。
「ねえ、仄火ってば!」
「っ!?」
びくりと身体が少し跳ねた。狭まっていた視界が急速に色を取り戻す。まるで、別世界に迷い込んでいて夢から醒めたみたいに。
「な、なに?って有村先輩か。えっと、急に大きな声止めてくれません?耳痛いんですけど」
「いや、呼んでも返事返してくれないからじゃん。耳の中にスピーカーでも入れてた?」
「いやいや、無理だし。ぼくアンドロイドじゃないですから。で、何でしたっけ?」
「今度やる新入生向けに行われる、部活動の成果展示会の話よ。仄火は部活動の方は辞めちゃってるけど、専攻はこっちだし、仄火の異能はヤバいって先生も言ってたしね。ここでしっかりとアピっとけば後々有利になるみたいだし、もちろん参加するよね?」
部活動の成果展示会は、新入生や体験学習生に向けて行われるオリエンテーションの一環だ。生徒たちの活動や成果を発表する機会であり、生徒たちのモチベーション向上や学校の宣伝も行うというわけだ。
当然、部活動によって発表するものは異なるが、その中でも部活、異能研究会は大きな注目を集める目玉としてセンターにて紹介される。なぜならそれは“映える”から。何もない空間から炎を出す、触れることなく水を凍らせる。何の能力も持たない能無しからすれば、能力者はまるで魔法使いのようにも映るのだから当然といえる。
しかも、能無しであっても、整った環境の下、正しい指導を受ければ顕現すると謳うもんだから、それが目的で入校を考える人も後を断たないのだ。
(そりゃ、異能にはもともと持って生まれる天賦タイプと後天的に顕現する覚醒タイプがあるけどさ)
努力次第で使えるようになるなんて無責任もいいところだ。
正確には“まだ解明されていない”状態なので、どちらを否定することも出来ないのが現状ではあるが。
(ぼくがどうとかはどうでもいい。ただ、そんな根拠も何もない情報を悪戯にばら撒いて、夢を抱く人を落胆させるような人間にだけはなりたくない)
「ぼくは、帰宅部ですから。そんなヤツが先輩の面子食っちゃうのはNGでしょ」
正直、面倒って言いたいところなんだけど、ぼくみたいな不真面目なやつが取っちゃいけない席って思うのが本音だ。成果展示会の為に頑張ってきた人だって少なくないはずだ。
そもそも部活をぼくは辞めている。先輩がOKでも他の先輩や部員たちは、そんな不真面目なぼくを許しはしないだろう。ぼくだって興味も無いところで後ろ指を指される趣味はない。
「ふーん、本音は?」
「えっと、メンドイだけです」
「あははは!うんうん!まあ、そうだよね!うん、仄火はそう言うと思ってたよ。おっけ!そういうことで先生には話しておくよ」
なるほど、おかしいとは思ったけど先輩の意思じゃなくて先生に言われただけか。納得だ。
「すみません、よろしくお願いします」
「やれやれ、緒方先生、私は烽火のことを一番理解してるなんて言ってたけど、仄火の事全然解ってないよねー」
「ははは、そうですね」
「凡人の観てる世界と、天才の観てる世界は全然違うってのに。解った気になっちゃうなんてほんと、緒方先生らしいっていうか」
「え、と。はい。ですね」
あれ、何だ今の。何が引っかかった?
観てる世界が――違う?




