ジャスミンティー
それからというもの、学校がある日は毎日のように公園に通い詰めた。もちろん、それで学業を疎かにする気は全くないけれど、入っていた異能研究会という名の部活へは退部届を出した。
思えばこれがぼくの人生において、初めて自らの意思で興味を持つことが出来た『やりたい事』なのかもしれない。
友だちに、他人に、ネットに、家族に、誰からも勧められることはない。初めてのやりたい事が“公園に通い詰めること”なんて誰かに聞かれたら、きっと笑われてしまうだろうから誰にも言わない。ぼくと彼だけの内緒ごと。
雨に打たれている捨て犬を哀れに思い、可哀想だからと高架線下にダンボールの家を作り、世話してやっている時の様な、そんな感覚。いや、彼は人間だし、犬と一緒にしては失礼な話なんだけど。
とはいっても、彼は頑なに沈黙を貫いていたから、通っていたといってもぼくが一方的に会話をするだけ。それを黙ったまま彼が聴いているだけ。それは会話ですらない、傍から見れば滑稽そのもの。
けど、ぼくには彼には確かに伝わっていると、反応はなくとも聴いてくれていると確信できた。何でか分からないけれど、そんな気がした。
通い始めて二ヵ月ほどが経った頃、ふと疑問が浮かんだ。
彼は喋らないから分からないけれど、ぼくが公園に行かない日も、あの滑り台で誰かが来るのを待っているのだろうか。誰も寄り付かない、日陰に閉じ込められた暗く寂しい世界で、ただじっと誰かを待ち続けているのだろうか。
当然、ぼくが行かない日のことは分からない。訊いてみても首を縦にも横にも振ることはなかったし、カメラでも仕掛けておけば確認は出来るんだろうけど、それはそれで犯罪的なニオイがする。
それに、彼からしたら余計なお世話なのかもしれないし、そこまでして善意のようなものを押し付けるようなこともしたくなかった。
彼との距離感は今のままでよかったからだ。
そう思うことが出来たら、自然と行く機会が少なくなった。
春、夏、秋、冬。季節が丁度一巡りをする頃。
(今年も桜は、何事も変わりなくきれいに咲き誇るのだろうか?)
桜、花見。そんな風情のある催しもこの時代では珍しい。立ち止まり、その美しさに目を奪われることはあっても、座り込み酒を片手に風情に酔いしれたとしたのなら、その姿を奇異の目で見る人もいるくらいだ。
あの頃に比べるとさらに公園に行く機会は減った。ぼくだって思春期の女の子だ。生きていれば楽しいことも悲しいことも、イライラすることだってある。誰に強制されるでもない、義務感でもない、彼のことを救ってやりたいと、思ったわけでもない。
ただの自己満足。それ以上でもそれ以下でもないんだ。そう決めたんだ。
(はあ、ジャスミンティー売り切れじゃん。さんぴん茶は……当然ないし、しょうがない、十六茶で我慢することにしよう)
「お姉さん。今日はジャスミンティーじゃないんですね?」
「え?」
ぼくがペットボトルのキャップを開けて口を付けようとすると、少年が声を掛けてきた。いつも公園にいる少年よりも幾分と大人びた雰囲気だ。
ぼくよりも下、だいたい小学校高学年、歳でいうと十一、十二歳くらいだろうか?
「あー、えーと?」
「ああ、ごめんなさい。急に話しかけて」
「え、えーと、なにかな?」
「別に用ってわけじゃないんですけど。その、ジャスミンティーをいつも飲んでたなって思って。ほんと、それだけです。気になっただけです」
ぼくが手に持った十六茶の方に視線を向けながらそう早口で言った。きっと、大した用事も無いのに声を掛けてしまって、怒られるとでも思ったのだろうか。
「売り切れてただけだよ。ジャスミンティーしか飲めないってわけじゃないし。それよりもキミ、ぼくのこと毎回見てたの? 面白い子だね」
「そりゃ見ますよ。だってここ、僕の家だし。毎回うちのとこの自販機で買ってくれるから覚えてたんです。ていうか、ごめんなさいっ、ジャスミンティー切らしてしまっててっ!」
そう言い切ると少年は申し訳なさそうに頭を下げる。
「はは、何でキミが頭を下げなきゃいけないのさ。ぼくが言うのも何だけど、ジャスミンティーなんて売り切れることあるんだなーって思っちゃってさ。このお茶だって美味しいし、ね?」
そういってぼくは少年の頭を撫でてやった。
毎回それしか飲まないから、自然とそれしか飲まなくなっただけ。別にジャスミンティーしか飲めないってわけじゃない。適度な味と喉が潤えばなんだっていいのだ。ジュースは、うん、糖分が多すぎて論外だけど。
「へー巴鳥くんっていうんだ。ぼくが言うのも何だけど変わった名前だね」
「うちの父さんが母さんに求婚したのがデート先の公園で、トモエガモがいたところだったみたいです。だから巴の鳥、巴鳥とつけてくれたんです」
「いいね。ラブラブだ。コウノトリよろしく、キミを運んできてくれたってわけだ」
「そ、そうなんですかね。よく分からないですけど」
自分で言ってて悲しくなるが、ぼくは生まれつき目つきが悪い。だから、こんなところを彼の親御さんに見られたら何を言われるか分からない。とは思いつつも、気が付いたら彼と話し込んでいた。
自然と彼とは話しの波長が合う気がした。性別も歳も全然違うのに、全然嫌な気がしないのだ。
だからこそ、公園の少年ともこうして“言葉”で対話をしてみたいな。そう思わずにはいられなかった。




