幻聴
「はぁ、はぁ……っ」
走り出して数分、既に脇腹が悲鳴を上げている。ズキンズキンと刺すように痛む。ああ、辛い、辛いな。体育の長距離走でもこんなに辛いと思うことはなかった。
いや違う、苦しくなるまで走らないから、いつまでたっても楽にならないんだろう。こんなことなら普段からもっと運動をしておくんだった。
何でこんな辛い思いをしてまで走ってるんだっけ?
そんなの分からない。思えばぼくはいつだって主体性がなかった。やりたいことも無ければ、学校内で何かを達成したいと考えたことも無い。
自慢できる特技もなければ、上を見ればいくらでもいる中で学業の成績が良いことが自慢になるとも思えない。だから、そもそもあの公園に向かう理由も、何で学校を抜けだしてまで走っているのかも、自分でもよく分からなかった。
「はぁ……はぁ……っ、つぁ……はぁ」
昨日の公園、頬に滴る汗を手の甲で拭い少年の姿を探す。てっきりあの時間にだけ訪れていると思っていた。ここの公園は街の隅、周りには如何わしい店もある。大通りからは死角になるため日当たりも治安も良くない場所だ。
だから、寄り付かない。子供はおろか、大人も老人も、家族連れも犬や猫さえ寄り付かない。きっと近いうちに取り壊されてしまうのだろう。取り残されるようにぽつんと存在する公園が、あの少年とどこか重なった。
だから、だろうか。一人取り残された少年が不憫に思えて、助けてあげたいと、力になってあげたいと思ったからだろうか。
(それは……うん。すごく人間らしいな)
ぼくは少年の姿を探す。あれから十五分ほどしか経っていない。ここにいないなら近くにいるはずだ。日中とはいえ、こんな治安の悪い場所を一人出歩くのも危険だ。
まだ年端もいかない子供なら危機感が欠如している可能性もある。連れ添ってやらずとも、注意くらいはしてあげたほうが良いだろう。
「あれ?いない。おかしい」
近くを探す。しかし、見当たらない。通りに店を構えているスタッフに訊いてみた。
しかし、そんな子供が一人きりでここを歩いている事自体、心当たりがないという始末。
彼は昨日も、一昨日も公園に訪れたのだ。そんなことあり得るのだろうか?
(いや、要らぬお節介なのかもな。あの子が頼んできたわけでもない。ぼくが勝手に思い込んで、勝手にやってるだけ)
それに、たまたま公園に落とし物をしてしまって、探していただけかもしれない。親がいなかったのは親に言いづらかった。
ぼくを睨むように凝視していたのは、落とし物を盗んだ犯人かもと疑っただけ。そう考えれば辻褄が合う。今日も探しに来ていただけ。そして見つかったから帰った。それだけの事。
ぼくは適当な理由付けをしながら、半ば探すのを諦めて公園へと戻った。これでいなければもういい。無事に帰れたと信じよう。
「……」
そこには少年がいた。帰ったはずだと。居るはずのない少年がそこには“立っていた”。
いや、おかしいぞ。さっき見た時はいなかった。つまりさっきぼくが公園に訪れた後、近くを探しまわって戻ってきた、その間に訪れたということになる。
スマホの時計を見る。その間は三十分程度だ。いや、三十分もあればぼくに会わないで公園に来ることが出来るのか?
いやいや、だからそれはおかしい!だって学校から見下ろした時に彼の姿は確認していたんだから!この際理屈は置いておいて、彼は消えたり現れたりしているんだ。
それも、ぼくを避けるように、ぼくの目を掻い潜るように。
「助……けて……」
「え?」
少年の声が聴こえた。
ごしごしと目を擦り、もう一度確認する。目の前にいる少年は、何も言わずこちらをずっと見つめている。光を失った瞳で、ただこちらを見つめるだけ。
「ね、ねえ。今なんて言ったの?ごめん、聴こえなかった。もう一度言ってみて?」
数分待ってみた。しかし、当然かといわんばかりに返答が返ってくることはなかった。昨日と同じだ。何一つ変わりはしない。彼が何を思って、何のために、何を伝えたくてここにいるのか全く分からない。
ただ倍以上歳の差があるぼくを前にしても、逃げることはしない。襲い掛かってくることも無い。親が迎えに来ることも無ければ、友だちが誘いに来ることも無い。
じゃあ、ぼくの、勘違い。
少年の声が聴こえた――気がしただけ。なのかな?
少年は喋らない。なら、きっとそうなのだ。




