ぼくらしくない
次の日の放課後の帰り道。
昨日と同じ、チリチリと滲む真っ赤な太陽が、同じ角度から無遠慮に頬を横殴りに照らす。眩しくて目を瞑りたくなったけれど、ここは歩道が随分と狭い。すれ違う人とぶつかる恐れもあるので、細目で何とか前方に気を配る。
狭い視界の中。その世界を黒い影が右から左へと一瞬横切った様な気がした。
「うわっ!?」
何だろう今のは。
ぼくは不思議に思い、影が横切った先へと視線を移す。その先は夕日が届かない暗く狭い路地裏。毎日通う通学路だったが、こんなところに道があるなんて知らなかった。
特に家に帰ってもやりたいことがなかったぼくは、好奇心に駆られてその路地へと足を踏み入れる。別に恐怖はなかった。
もし仮にこの瞬間、十を超える不良に絡まれたとしてぼくは動じないだろう。なぜなら、ぼくら能力者を前に、バットやナイフ程度の武装はまるで意味を成さないからだ。
「そもそも、異能持ちが広まってからはそういう私刑の類はすっかり鳴りを潜めたんだけど……え?」
右へ左へ、一度ずつ曲がり辿り着いた先で思わず息がつまる。そこに待っていたのは見知らぬ景色でも、行き止まりでもなく、寂れたフェンス越しに映る昨日の公園だったからだ。
あれ?立地的にこの方角に公園があったんだっけ?
たった二度曲がっただけなのに、まるで異世界に迷い込んでしまったかのような浮遊感。とても不思議な感覚。住み慣れたこの街でも、知らないことはまだまだたくさんあるのだということを知った。
ぼくは目の前に建てられたフェンスに足をかけよじ登ると、勢いよく向こう側へとジャンプした――のだが。
「痛ったぁ……」
着地に失敗したぼくの足首に鈍い痛みが走る。運動不足、というか若いからといって自分の身体能力を過信していた。慣れないことはするもんじゃないな。
公園をぐるりと見渡してみる。昨日と同じ誰もいない公園だ。いや、昨日とは違う。昨日は滑り台に少年が座り込んでいたんだった。ほら、そこの滑り台の終点に腰かけて、拒絶を感じさせるような沈黙した表情でこちらをじっと。
「……ぁ」
そこには昨日と同じ場所に不言の少年がいた。昨日と同じ時刻、昨日と同じ少年が、昨日と同じ表情で。
たったそれだけの事なのに強い違和感を感じる。それは、脳内にスプーンを突っ込まれぐりぐりとかき回されるような不快感。軽い眩暈とも云えるだろう。
さすがに気味が悪かった。実際に少年に何かをされたわけでもないのだが、その不自然さを現実のものだと受容する事実がどうにも気分が悪い。それに、少年の立場になって考えてもそうだ。こちらを怖がっていると仮定するであれば、わざわざこの公園に来てほしくなかっただろう。
もう一度、声をかけてみる?
いやいや、昨日拒絶されたじゃないか。
だから、早々に立ち去るべきだ。
右足を一歩、ゆっくりと退ける。少年の眼差しはこちらを捉えて逃がさない。しかし、ぼくを捉えて逃がさないのはその空虚な双眸だけ。
声を掛けるわけでもない。立ち上がって追い縋ろうともしない。ただそこに、そこから動けないのかと、その場所でしか息が出来ないかと錯覚させられるほどに少年の世界は静止していた。
(分からない。あの子はなんであんな淋しい場所で、独りきりでいるのだろうか?)
何か事情があるのかもしれない。それは喋らない事にも関係しているのかもしれない。
けど、他人の家庭事情に首を突っ込むなど愚行の極みだ。自分には自分の世界が、他人には他人の世界というものが在る。
その世界は同じ現実に存在はすれど、見方も感じ方も全てがそれぞれに違う。良かれと思った善行が要らぬお節介であることなど、この世界には往々にして存在するのだから。
もしかしたら、ぼくが勝手に淋しそうだと決めつけただけで、少年は何も思っていないのかもしれない。この公園が好きで、この時間の公園から観える景色が、匂いが好きで訪れているのかもしれない。であるならば、ぼくが彼にとっては邪魔者だということになるだろう。
それにそもそも、そもそもだ。
他人を気にかけるなど、圧倒的に“ぼくらしくない”。




