再び力を合わせて
「……」
アリナの言葉に和也は口を閉ざしたまま立ち尽くす。聞き流すことは出来ない言葉だったからだ。
その横顔には自責とその感情によって生まれる憤りが混じり合う。自身の感情の在り処が分からないままでいた。言ってしまえば雑念。頭の片隅に残り続けるあの日の光景。自分はこんな繊細な人間だったのだろうか。
魔装は思うままの出力を維持してくれている。先ほどだってそうだ。この地区に存在する魔獣であれば一撃のもとに確殺できるレベルの出力だった。満ち足りない心にも身体は懸命に付いてきてくれている。
だから、不甲斐ないのはこの弱い心だけだ。
「私のミス、たしかにそうだ」
素直に指摘してくれる友などいなかった。
その声は悔しさで滲み震えていたが、どこか振り切れたような、そんな清々しさを含んでいた。和也はこの場に至り、初めてアリナの顔を真っ直ぐに正面から見据える。彼女のその精悍な顔つきは、不器用なりにも歩み寄ろうと思わせてくれたのだ。
「……あのさ、チームワークもそうだけど、私たちに今一番足りないものって何か分かる?」
「統率、でしょうね。互いが互いの為を思って動くという意識は理解できる。しかし、それだけではどうにもならない。だからこそ今必要なもの。私が考えるに指針を示しそれに同調する統率力。つまりリーダ―の抜擢です」
暫くの沈黙ののち、そう答えたのは九嵐だった。
「うん。けど私たちは――」
「あ、勘違いしないでいただきたいのですが、リーダーといっても上に立つ者という意味ではないです。複数の意見が衝突しないようにするために、意見をまとめることが出来る人が必要だというだけです。もし間違っていると感じたのなら、落ち着いてから行動を省みましょう。もしかしたらもっと良い意見が出るかもしれない。だってほら、私たちには上も下もない、言うならば同期なんですからね」
再び三人の間に沈黙が流れる。
九嵐の意見はもっともだ。お互いを上辺だけで理解している状態。その人間に何が出来て、何が得意で、何が苦手なのか。理解しているつもりでも。自身の思考はその人だけのもの。
咄嗟の判断が苦手な者もいれば、相手の次の次の行動までを予測して立ち回れる者もいるだろう。合図も言葉も無し理解することは、長い時間かそれこそ超能力者でもなければ不可能だ。
だから、最適が見つかるまではそれが最善なのだろう。
和也はアリナの方に顔を向け、目線によって次の言葉を促した。
「あー、説明しようとしてたこと全部水無月さんが言った。だからもう言わなくても分かるよね?全豹さん」
「ああ、あなたの意見を尊重しよう。そうだな……リーダーとして炎堂さん、あなたに仕切ってもらって構わない。もちろん、水無月さんが問題なければだがな」
和也は迷うことなくリーダーにアリナを推薦する。その声に先ほどの震えはない。もう、あれこれ考えるのは止めようと思った。
それに、試験の残り時間は刻々と迫っている。動こうが立ち止まろうが時間は無情に過ぎていく。なら、考えている時間は少ないほうが良い。自らの軽率な判断が招いた事態であるのであれば、他の誰かが仕切ればいい。
誰かの指示に従って行動することは初めてだったが、それで掴める何かがあるのであればそれでいいと思った。
「もちろん私も反対意見は無いですよ。それに炎堂さんは年長者だし――」
「いや、私は向いてない。だから、その意見は飲めない。あと年長者って、それはそうだけれどちょっと気にしてるんだからやめて」
和也の言葉に賛同する九嵐の言葉を、今度はぴしゃりとアリナが遮った。
「え?あ、ああ、すみません」
声を荒げたわけではなかったが、その有無を言わせない剣幕に、九嵐は思わず謝罪の言葉を口にする。
「じゃあ、どうするんだ。ジャンケンでもして決めるのか?」
和也が投げやりにそう言った。その顔にはこれ以上時間を無駄にするなという苛立ちが見てとれた。
「コホン、水無月さん。私はあなたを推薦するわ。あなたは私と全豹さんが言い合っている時も中立、そして俯瞰的に場を見れていた。それが相応しいかどうかなんて私には分からないけれど、少なくともここにいる誰よりもあなたが相応しいと私は感じたの」
二人の視線が九嵐に集中する。それを交互に見返す九嵐の表情には少なくない困惑の色が浮かんでいた。しかし、和也もアリナの意見も一理あると感じていたのか、口を挟むことはなかった。
「それは買いかぶり過ぎです。私だってこの状況に手を拱いていた。能力に振り回されていた自覚もある。もし俯瞰して見れていたのなら、こんな事態にはなっていなかったですよ。実践経験が皆無の私は視野が狭すぎる」
見れている見れていないの話ではない。合否が掛かる大事な試験というこの場において、誰かを纏めるその責任の重さに耐えきれないだけ。けれど、それは避けられない道。この仕事を続けていくうちに、嫌でもその立場に立たなければいけないこともあるだろう。
頭ではそう理解しつつも首を縦に振ることが出来ない。それは性。九嵐はこれまでの人生でも、誰かを率いることを避け続けてきたのだから。
「でもっ、それでも。私はあなたを推薦する。あなたの能力は特異にして孤高よ。きっとあなたにしか観えていない景色がきっとある。そう信じているから」
「水無月さん。時間が惜しい。どうしても嫌だというのであればジャンケンで決めよう」
和也は背を向け歩き出そうとする。時間が無い事は事実なのだ。誰のせいでとかそんなものは関係ない。チームである以上は連帯責任。だから、これまでの不手際の挽回も含めるなら、全く足りないといってもいい。一秒一秒の逡巡すら待ちきれないのだ。
「……いえ。私がやります。やらせてください」
この場において重要なのは出来るか出来ないかではなく、やるかやらないかだけ。目の前の二人の言い分は頭の中では理解している。だから、九嵐は震える身体を懸命に奮い立たせ、そう口にした。その瞳には小さな決意が浮かんでいた。
「何とか持ち直した感じですかね。これなら大丈夫そうかも?」
「これからだよ。ようやくスタートなんだ」
折り重なって並ぶ幾つもの木々の向こう。既に追いつき彼らの様子を物陰から伺っていた嘘真朧とミル。
特別に目が効くわけでもない彼女たちに、詳細にその様子は伺い知ることは出来なかったが、イヤーカフを通じて流れてくる奮起の声を聴く限りでは、もう過度な心配はないとミルは考えていた。しかし、嘘真朧の表情は未だ晴れることはなかった。
「えー。アタシちゃん的には心配し過ぎだと思うけどなあ。だってみんな強いし、ここの魔獣弱いですし」
なおも軽口を叩くミルを嗜めるように、じろりと睨むような表情で嘘真朧はこう言った。
「確かにチームワークってのは歩み寄ればいくらでも円滑に進む。けど、これは会議でもゲームでもない。悠長に待つ時間も、何度も挑戦するチャンスも無い。一度きりの機会、思ったことが思ったまま実現するなんてあり得ないって言ってるんだよ、ぼくは」
「……」
あれだけバラバラだった三人が、ぎこちないながらも互いを認め手を取り始めている。確かに上手く行く事ばかりではないだろうが、そんなことは彼らも理解しているだろう。
彼らは子供ではない。きっと、理解したうえで手を取り合ったのだから。なら、誰がどう見たって良い兆候だ。しかし、嘘真朧の表情はそれとは対照的に、暗く沈んでいる。
普段からネガティブ気味の嘘真朧をずっと見てきたミルだったが、どの表情とも違う、何かを憂うような遠い眼差しだった。まるで、彼らのもっと向こう側、もう望んでも変えられない朽ちてしまった誰かを憐れむような、遠い遠い眼差し。
(魔獣の住処。森の中。こんなにも不安になるのはきっと――)
ミルが隣に覗く嘘真朧の表情は暗いまま。
不安で壊れそうだけれども、決して触れてはいけないような、そんな雰囲気さえ醸し出していた。




