幹割れ
侵入者を拒まんと木々はより一層険しく聳え並び立つ。森自体が喋ることなどもちろんある筈も無いのだが、その変わりようはまるで「この先に進めば命はないぞ」と語り掛けてきているような錯覚さえ覚えた。
嘘真朧とミルの足取りは軽い。この地区に訪れるのはもちろん初めてではあるが、迷いなく進んでいく軽快さはそれを微塵も感じさせることはない。
先行しながらも足元に目線を移すと、地面に刻まれた乱雑な足跡がいくつか散見できた。歩幅も向きも滅茶苦茶に広がるその乱雑さは、彼らの心の焦りを黙して語っていた。
「んー。さっきから争っている声しか聴こえないんですけど、こんなんで上納得すると思います?」
イヤーカフをつけている側の耳を掻きながらミルはそう言った。しかし、その表情には失望はない。彼らの実力はこんなものではないことは、彼女も先日の面接でも理解している。だから、彼らがその高すぎる能力に振り回されているのも理解していた。だからその表情には、ただ彼らを心配する憂虞の念だけが浮かんでいた。
「彼らもキミにだけは言われたくはないんじゃない?」
「にゃ!?どういう意味っすかそれー!」
心配する必要はないと茶化す嘘真朧。確かに嘘真朧にも不安に思う部分が無いわけではない。
けれど、まだ始まったばかりだ。どうなるかなんてまだ分からない。それにまだギアが上がり切っていないだけ。互いが互いの形を認識できないでいるだけだ。
己の過ちを省みて冷静になり、互いが互いに目を向けることが出来たのなら、そんな心配事は取るに足らない瑣事なのだ。もしそうなれば。個々の強すぎる個性も、ギアが嚙み合ってさえしまえばこれほど心強いことはない。
チームワークとはただチーム内のメンバーのことを考え、そこに協調性を見出すことを指すわけではない。互いの力を認め、その力を自分のモノとし活用する。互いの欠点を指摘して欠けている部分を補完することにある。
だから、完璧である必要はない。むしろ完璧であるのであればチームワークなどに意味を見出す必要も無いのだ。
人間の目は二つしかない。耳は二つ、鼻は一つ、口も一つしかない。草食動物とは違い、目は前にしか向くことは出来ない。聴覚はイルカのように広くはないし、嗅覚は犬ほど鋭いわけでもないし、水の中で呼吸が出来るわけでもない。人間一人に出来ることなどたかが限られている。否、出来ない事の方が多いのだ。
けれど、三本の矢の教えにもあるように、たかが人間にも寄り添うことで見いだせる可能性がある。だから、人間の目は前を向き、耳は言葉を理解し、何かを伝えるための口があるのだろう。
それを彼らは理解できていない。
「灼炎ッ荒れ喰らう魂と成りて、厭世礫する律法を示せ――アグニチャリオットッ!」
和也がそう魔装術詩を素早く唱えると同時に、地面を裂くように現れた幾つもの火球が螺旋を描きながら結合しては波打ち、眼前に群れを成す魔獣に向かって襲い掛かる。
しかし、その軌道上の近くには炎堂アリナが控えており、後方からの急な攻撃に反応が遅れた彼女は、飛び込むような無様な形で攻撃を躱すしかなかった。
「ちょ!あぶなッ!撃つんなら合図の一つくらい寄こしてよッ!」
「君は炎の異能を操るんだろう?私の火力程度なら軽くいなすことが出来ると思ったんだがな」
「このっ――!」
あまりにも自分勝手な和也と、その行動に迷いもなく顧みない態度に、アリナの顔に一筋の線が走る。もともと我慢が得意な方ではないのだが、自分が年長者ということもあり細かな不満には目を瞑って来た。
だが、視界にいたにも拘らず攻撃を行ったことを悪びれもしない和也の行動に、彼女もそろそろ限界だった。
「全豹さん。さすがに今のは目に余りますよ。炎堂さんはチームメイトであって競争相手ではないです」
「水無月さん。君の役目はサポートだ。攻撃じゃあない。そして炎堂さんは異能の出力にムラがある。たしかその点を気にしなければ、範囲攻撃を仕掛けることも可能だろうが、咄嗟の開放は周りを巻き込む危険性を孕んでしまう。だったかな?」
「……っ」
「だから必然、この場で安定してまともに攻撃を仕掛けられるのは、私の異能のみということになる。それに今回私は合図の代わりに『詠唱』を加えた。魔装に精通していなくとも、詠唱の内容から十分に察することが出来た。なら私と魔獣の位置関係を理解していれば、余裕を持って避けられたはずだ」
血液と魔装紋の歪を無くし、魔装の性能や規模を上昇させる流液活性化を図る為の『詠唱』。
魔装は体内に流れる血液を媒体に、魔装紋を通して異能を形成するエネルギーに転換する技術。その為、魔装紋と自身の血液、体質が合っていれば、詠唱を挟むことなく行使すること自体は可能である。
しかし、あえて詠唱を組み込むことにより、血液の流れをより魔装に近い状態に変化、転換させることが出来る。それにより、変換の質を向上、延いては火力や攻撃範囲を向上させることに繋がるというわけだ。魔装にもよるが、詠唱を挟まないとまともに機能をしない強力なものもある。
例外として魔装紋が記されている、魔装書などを使用する際は詠唱を挟む必要はない。
というよりも詠唱による性能の向上を図ることが出来ないといったほうが正しい。魔装書に書かれている魔装紋は、誰でも利用することが可能という利点がある代わりに、戦略的に性能を可変させることが基本として不可能なのだ。また、魔装書自体が耐えきれず燃え尽きてしまう、使い捨てのものもある。
「フン、その一撃をミスっているあなたが、よくそんなことを言えたわね?」
アリナの言う通り、たしかに前方に群れていた魔獣の何匹かは仕留めることが出来たのだが、山が近くにもあるこの森は見た目以上に傾斜が傾いていた。
着弾点を誤ってしまった結果、爆撃が思うように巻き起こらず、難を逃れた残りの魔獣には逃げられてしまっていたのだ。




