動揺と悔恨
既に前方に彼らの影はない。
嘘真朧はミルと共に静かに歩き出す。森の奥へと続く道は先ほど三人が向かった方向と同じだったが、彼女たちの歩調は急ぐことなく一定のリズムを保っている。
映像の共有は出来ていないが、音声は耳につけたイヤーカフを通して伝わる仕様だ。彼らの声を聴く分には、まだ急ぐ必要性は無いと判断したのだ。
「団長っ。あのっ、ですね。全豹さん、どう思います?」
ミルがスキップをしながら先行し、くるりとこちらに顔を振り向きながら軽い調子で尋ねる。その顔にはいつもの笑みが浮かんでいる。
彼から向けられる敵意はもちろんだが、それを含めても大して重くは受け止めていないようだった。
「優秀なんじゃない?彼はキミが気づけなかった仕掛けにも気がついていたようだし。魔装の火力も十分だと思うよ。搦め手がないだろう獣型の魔獣相手なら彼の独壇場だろうね」
「え、仕掛け?そんなのあったんですか?」
「あれ?本当に気づいてなかったの?気付かないフリをしてるだけかと思ったよ」
「え!?ああー、アレですねー。アハハ、もちろん気付いてましたよ?アレ、凄かったっすよねえ?アハハ」
顔を掻きながら誤魔化すようにそう言った。まさかとは思ったが本当に気付いていなかったみたいだ。
「待ってください、二人とも!足音だ!この先にいる!数は二、三、いやそれ以上。いくら雑魚だからといって、群れで囲まれるのは不味いですよ」
唐突に耳に飛び込んでくるのは九嵐の制止の声。どうやらこの森を住処とする、魔獣の群れに遭遇したようだ。
「数はいても雑魚なら問題ない。こちらに気が付かれる前に叩く。二人とも私の線上からズレろッ!」
嘘真朧とミル。二人の会話が続く中、遠くから何かが破裂する音が響いた。炎の弾けるような耳に響く大袈裟な音。和也が炎の魔装を発動したのだろう。
「始まったみたいですねぇ」
「うん。面倒だけど状況見ないとね。走るよミルちゃん」
ギャオゥウゥウゥ__ッ!!
一秒遅れて直撃を免れた魔獣の咆哮が静かな森に響き渡る。三々五々、散り散りになるオオカミ型の魔獣の群れ。
「ッち!」
仕留めそこなった。咄嗟の発動で焦点を合わせる事に集中が向き過ぎてしまった。慢心はない。今の一撃で仕留めることが出来るはずだった。しかし雑念が過ったのか、炎の質に淀みが混じった結果、火力が外側に分散してしまったのだ。
「全豹くん、あなたこれがチームワークを試すものって解って――」
「解かってるッ!私のミスだッ!だから後詰は任せる!私の魔装はインターバルがある。準備が出来次第すぐに追撃に参加する!」
先ほども披露した和也お得意の魔装の一つ、炎系基礎魔装『ライオットレイ』は凝縮した炎エネルギーを生成、周りの酸素を吸収し火力に転換し、それを前方へと撃ちだす極めてシンプルな性能だ。
今回は咄嗟の判断で魔装における重要なファクターの『詠唱』を省略したぶん、嘘真朧たちに放ったものと違い、規模も小さく、コントロールも効かないが、あの程度の魔獣であれば殲滅できたはずなのだ。
個々の特性、天賦で与えられる異能と違い、魔装は後付けのデバイスの様なものだ。魔装と体質、他にも血液の流れなど、個々の相性というのもが重要になる。少しの動揺がノイズとなり精度を著しく損なった。
そして何よりも、先に手を抜いて放った『ライオットレイ』を完全に避けることが出来なかった出来損ないの団長、苗鳩嘘真朧に気持ちをかき乱されたことが、彼の自尊心を深く傷付けたのだった。
「炎堂さん、バラバラに飛び散った敵を一度に掃討するのは難しい!各個撃破で行きましょう!私たちで取り返すんですっ!」
「全豹くん、あなた仕留めるんなら一撃で仕留めなさいってのよ!火力も精度も中途半端よ、あなた!」
「炎堂さんっ!」
「んん、ああ、もう!わかったわよっ!」
悪態を吐きつつも、アリナは頭を掻きむしりながら九嵐の指示に従う。彼女としても年下に指示されるのは、多少なりと抵抗があったのだが、彼は魔獣の存在にもいち早く気が付いたのだ。だから、ここにいる誰よりも冷静な彼に従うのが正しいと判断をした。




