出来損ないで即席のチームワーク2
「っげふ!?な、なんなんすか、いきなり!?」
嘘真朧の遮る左手を振りほどき、ミルがそう叫んだのだが。
「っひッ!」
眼前に広がる惨状に、情けない声を上げながら尻もちをつく。
「丸焦げになるところだったね、ミルちゃん」
「笑い事じゃないっすよ!って、団長!フード!焦げてますよっ!?」
「へ?きゃあっ!マジじゃん!」
嘘真朧はパーカーをすぐさま脱ぎ、必死に救助を試みるものの、叩いたくらいで焦げ跡がなくなるわけもなく。ぴょこんと生えた付け犬耳を含め、左側が無残に燃え焦げてしまったのだった。
「あぅ。お気に入りだったのに……」
「これじゃあ焼きイヌっすね。ご愁傷様です」
「ミルちゃん、後でおしおき」
「なんでぇ!?」
嘘真朧たちが先ほどまでいた場所に、熱源が抉り走り、畦道のように焼け野原が続いていた。澄んだ空気に混じり、木々の燃える臭いが鼻を突く。
もちろんこれは魔獣の仕業ではない。ここら一帯の魔獣、未確認のものを考慮しても、このレベルの魔獣は生息していないだろう。
魔獣でないとするならば、考えられるのは人間しかない。つまり、今回集まる予定の三人。水無月九嵐、全豹和也、そして炎堂アリナ。
炎を操る異能。もしくは魔装。大小諸共消し飛んでいるところから見るに、火力は相当に高いようだ。炎堂アリナの異能は以前一度見せてもらったが、ここまでの破壊力は無かったように見える。
あの場で全力を出していないといわれればそれまでだが、炎の質が違う。この焼け跡を作るには火力ももちろん、コンパクトに凝縮した繊細さが必要だと感じた。これはもう感覚値の話だが、違和感を覚えたのである。ともすれば――
「ねえ、火力間違ってるよ。はぁ。これ、“全豹さんの仕業”ってことで合ってるかな?」
木々の向こう。意気消沈気味の嘘真朧は、向こう側に居るであろう人影に向かって聴こえるように問いかける。
数瞬の後、三者三様の歩幅のズレた足音がこちらに近づいてくるのが分かった。沈黙、すなわちそれが答え。だから、もう身を隠す必要はないと思ったのだ。
「随分なご挨拶だね、全豹さん」
「これは、それが目的の試験ではないのですか?あなた達を出し抜き、勝ち星を捥ぎ取る。違いますか?」
そう答えたのは全豹和也の声。その目つきは鋭く、どこか敵意を感じさせるものだった。
「ていうか、今の全豹さん!?アタシたち殺されかけたってこと!?」
この場でミルだけが状況を理解できずに頭を抱えていた。説明してやるのも面倒くさいので、嘘真朧は彼女をとりあえず無視することにした。
「火力も速度も抑えましたよ。しかし、その焦げ付いたパーカー。完全に避けることが出来なかったようですね。もし私が本気で放っていれば、あなたは避ける動作すらできなかった」
「まあ、そうかもね。それに――」
三人に顔を向ける。横に並ぶ表情はいずれも変わらない。先にも言ったがぼくは耳は良いほうだ。加えてここは魔獣の住処。最低限の気は配っているつもりだった。
ここは街から外れた森の中、ノイズとなる雑踏も、聴き覚えのある流行りの歌も聴こえない。にも拘らずぼくを出し抜いて先制の一撃を放つことが出来た。言い換えよう、この三人の接近を感知できなかったのはつまり。
「お察しの通りです、苗鳩さん。あなたが私たちの接近に気が付けなかったのは私の異能の効果です」
嘘真朧の表情から、考えをいち早く察した九嵐がそう答えた。
静寂回廊『Calm Belt』。
生成した空間内の、音と云う概念を消し去る異能。
やっぱりか。これで直前まで攻撃の正体に気がつけなかった理由が分かった。
「その異能の欠点だね。生成する無音空間は空間内のあらゆる事象の音を奪う。その空間内にぼくたちを巻き込んでしまうと、ぼくたちの発する声すらも消えてしまう。そうなれば奇襲になりえない。絶対に気づかれてはいけないというプレッシャーの中で手が滑った。いや、キミの場合“足”が滑ったかな?」
「流石ですね。全てあなたの推察通りです。これは私の完敗ですね」
どこか悔しそうに、されど的確に欠点を指摘をする嘘真朧に感嘆の意を示す。その表情はどこか清々しさすら感じさせた。
「申し訳ありません、全豹さん。あなたの足を引っ張ってしまった」
「いや、これは試験だ。私に君を咎める権利などない。もしこれがミスだというのならば、私の至らぬ部分でもある」
「はぁー、二人とも形だけでも力を魅せることが出来たからマシでしょうに。私なんて何もしていないのよ?これ、最低点もらっちゃうかも」
腕を組みながら頬を膨らませるアリナに、申し訳ないと素直に頭を下げる二人の構図。傍から見れば弟を叱る姉のようにも見えてなんだか微笑ましい。
「あの、そもそも趣旨理解できてる、キミたち?」
三人は互いに顔を見合わせた後、そうですよねと言わんばかりに口を開いた。
「第二次面接は実地試験。『決められた場所、時間に集合しその力を示せ』つまりはそういう事ですよね。“試験官を出し抜け”。違うんですか?」
メッセージを見せてもらうと、時間も場所の指定もぼくらに送られてきたものとは違っていた。なるほど、そういう内容で伝わっていたわけか。だから、レギオン側が送らなければいけなかったんだ。
つまり、この試験、ぼくらも試されていたということだ。
「ああ、ありがとう。けど違うよ。今日はキミたちのチームワークを見せてもらいたいんだ」
三人は再び顔を見合わせる。
『決められた場所、時間に集合しその力を示せ』
三人は決められた場所に集合し、“力を示す”という部分をチームワークと解釈したのだが、チームワークはチームワークでも魔獣に対して行われる訓練だったのだ。つまり、彼らは上官ともなる相手に、あろうことか不意打ちを仕掛けてしまったということになる。
「あ……」
三人、いや和也を除いた二人は顔を青ざめさせ、壊れたロボットのように口をパカパカとさせる。
「あ、あの!も、申し訳ありませんでしたっ!」
炎堂アリナを正面に、二人は同時に頭を下げた。
「いいよ、ぼく生きてるし」
軽く手を振りながら嘘真朧はそう答えた。彼女も彼らに悪意がない事はもう理解していたし、レギオンに嵌められたのはお互い様なのだ。恨む相手がいるとするならば、彼らではないことも理解できていた。
「けどさ炎堂さん。キミの異能、あの炎の檻を使えばこんな直接的な攻撃をしなくても、ぼくたちに先手を取れたんじゃないかな?」
「そ、それは……」
「いや、違うか。炎の檻はもう一度見せてしまっている。だから、対策を取られてると思ったんでしょ?ぼくらの異能も見せてないし、不意打ちを取るなら死角からがやっぱり良い」
「そ、そうです」
肯定はしたがアリナの思惑は違った。ただ炎の檻は人間相手に使うことが躊躇われたというだけ。彼女は異能の制御にまだ自信が持てなかった。
今回は一片の長さが把握できる屋内ではなく、空間の認識が難しい森の中。思い通りの形に生成する自信がなかった。だから、制御を誤って害してしまうことを恐れたのだ。
「じゃあ、本番。行こうか?」
クスリと笑って手招きをする。三人は頷きその後ろについて行く。その表情に迷いはなく、どこか清々しささすら感じさせた。それは底知れぬ雰囲気を放つ嘘真朧を認め始めていることを意味していた。
「だんちょー。あの、言いにくいんですけど、敬語、忘れちゃってますよ?」
「あ」




