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Connect☆Planet -コネクトプラネット-  作者: 二乃まど
第八章 『嫉妬』
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ガラスを隔てた世界

 窓に目を向ける。この時期の夜風はもう肌寒いが、外の空気を感じたくて窓を半分だけ開けた。

 途端に夜の喧騒が耳に飛び込んでくる。行き交う車の音、若者の妙に通りの良い高笑い、商業宣伝のスピーカー音。耳を澄まさなくても遠慮なく飛び込んでくる様々な音は挙げればきりがない。

 耳は良い方だ。人並外れた聴力みたいなものは持ってはいないが、遠くから聴こえてくる音ぐらいなら聴き分けることはできる。

 いろいろな雑音に混じって、聴き覚えのある音が隙間を縫って飛び込んでくる。


(この曲、たしか前に茉莉ちゃんが教えてくれたやつだっけ?)


 音楽には興味がない。これまでの人生で積極的に関わることはしなかった。

 街中に流れてくるものは嫌でも耳に入るから、厳密に全く聴かないわけじゃないけれど、自ら進んで聴くことはなかった。

 音楽を聴く暇があるぐらいなら、その時間で筋トレをしたほうがマシじゃないだろうか。だってほら、筋トレは自分の糧になるけれど、音楽を聴いたってなにも成長できないでしょ?


 そのどこか聴き覚えのある音も、それより大きな雑音で次第に掻き消されていった。

 世の中にはこんな雑踏だらけの世界でも、音楽に昇華させてしまうような、奇特な才能の持ち主もいるという。

 何気ない生活の中で見つけることが出来るのならば、その奇特な才能の持ち主の頭の中には、きっとありとあらゆる音楽が延々と流れている事だろう。

 それは幸せな事なのか、それとも縛られ呪われているといえるのだろうか。


 音は雑音。

 彼女の価値観はそれ以上でも以下でもなかった。だから、どうしようもなく煩く思えてきて、苛立ちから逃れるように小さな窓の戸を閉めた。

 正方形に切り取られた正常な世界。窓越しに眼下に視える人のうねり。色とりどりに色彩を放つ人の営み。その小さな世界の中で夜の喧騒は成り立っている。


 音はもうしない。

 べつに防音ガラスというわけではなかったが、室内で鳴っているテレビの音に掻き消され、ガラス一枚を隔てた騒がしい世界は、その鳴りを潜めるに至ったのだ。

 そう思うとやけに騒がしい情景もどこか愛おしく視えた。


 ぼくはベッドに飛び乗るようにうつ伏せに寝転がる。ホテル特有のニオイが鼻をくすぐった。素材の匂いというよりも、リネン系のニオイ、とでもいうのだろうか。清潔感はあるのだが、このニオイに慣れることは今後もないだろう。

 鼻をくすぐられ、たまらず身体を転がし仰向けになる。見上げた天井は広く穏やかで、どこまでも続くように思えた。


(ベッドもまくらも、天井も何もかもが全然違う。こんなので今日寝られるのかな、ぼく)


 ここは市内にある少し高価なシティホテルである。

 結局あの後、半端な時刻に昼食を取った後、そのまま戻る気になれず、ぶらり気ままに街巡りをしながら散策することにした。


 嘘真朧もオフの時は普通の女の子である。これが意外と楽しく、普段買い物を通販で済ませてしまう彼女は、店頭に出向き実際に商品に触れて確かめる、ということに慣れておらず、ついつい時間いっぱいまでショッピングに没頭してしまったのだ。

 そして気がつくと既に空は暗く、この時間から戻るのは少し億劫だという考えに至ったのだ。


(痛つつ)


 ベッドから立ち上がろうとすると少しふらついた。今日は昼から休憩なしで歩き続けていたせいだろうか。普段の運動不足が祟ったのか、右足が少し痛みを帯びていた。まあ、この程度なら今日寝れば、明日には回復しているだろう。

 今日は疲れた。肉体的にじゃない、精神的にだ。もし、肉体的に疲れているだけであれば、多少時間をかけてでも自室まで戻っていただろう。

 慣れ?いや、こんなもの慣れるものか。次々違う人物が矢継ぎ早に現れるなんて其処は何という地獄か。こんなの魔獣(マインドイーター)退治や調査なんかよりもよっぽど疲れる。二度とやりたくない。


 ぼくは疲れた心を労わるようにおもむろにトップスに手を掛け、一枚一枚脱いでいく。一糸まとわぬ姿になると、今日一日の疲れを癒す意味合いも込めて浴室へと向かうことにした。

 ちなみにこのホテルには備え付けられているバスルームの他にも大浴場があるが、論外、以ての外である。他人の目に無防備な身体を晒すことなど、余計に疲れが溜まるのが目に視えているからだ。


「ま、タトゥーが入ってる時点でNGなんだけど」


 姿見に映る自分の身体を確認し、自傷気味に呟く。

 それは身体に刻まれた消えない証。魔装紋のように彫ることで何か効力を得られるわけでもない。ただ、形としての傷痕。随分と昔の話だ。意味合いなんて特にない。あったとしてもとうに忘れた。

 コンプレックスと言われればそれまでかもしれない。行き場のない気持ちが迷路を彷徨った末の、自己顕示の面影だ。

 嘘真朧は指先でなぞる様に頬に触れる。冷たい指先が何だか気持ちが良かった。まるで水に溶ける氷のようにじんわりと広がって行く。外側にも、内側にも、それを強く実感する。これはぼくの一部。ぼくを形成している心の一部だ。心はそんなに軟じゃない。優しく包み込めば如何様にだって立ち直ることが出来た。


 独りでいると余計な事ばかり考える。意味のある思考、くだらない考え事、疲れた頭ではその精査すらままならない。テレビの小さな雑音が思考のノイズとなってかき乱す。煩わしさを覚えたぼくは、投げやりにリモコンのボタンを押してその喧しい世界を閉じる。

 音が消えたことで自身から出ていた音に気付くことが出来た。頭は痛くないのだが少し耳鳴りがする。これも疲れからだろうか。薬、は買いに行く必要があるし、こんな日はさっさと寝てしまうに限る。

 嘘真朧は結局シャワーを浴びるのを止め、再びベッドに倒れ込み潜ると、そのままゆっくりと目を閉じるのだった。

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