『嫉妬』の入団面接 ~炎堂アリナ~
ミルは二回の面接ですっかり免疫がついたのか、次に面接の時間が刻々と近づいてくるにも拘らず、何食わぬ顔で椅子と戯れていた。
今朝あそこまでビビっていたのが嘘の様だ。さすがに肝が据わっている。まあ、彼女らしいといえばそうなのだが。
コンコン。
ふいに室内に響き渡る音に二人は思わず扉を凝視する。面接の予定時刻にはまだ十五分ほどある。あれだけ余裕ぶっていた彼女も、まだ心の準備が出来ていなかったのか少し驚いた様子だった。
「ど、どうぞ!」
とはいってもすでに前の面接は終わっている。緻密なスケジュールの上に行われているものでもなく、迷惑になるわけでもない。十五分ほどなら誤差の範囲内だろうか。その辺りの常識にまだ疎い嘘真朧はとりあえず返事を返し、本日三人目となる入団志望者を招き入れることにした。
一呼吸を置いて扉が静かに開き、一人の女性が足を踏み入れる。コツ、コツと地面に響くヒールの音は、まるで静寂に満ちた会場に響く時計の針のようだった。その音の矛先は嘘真朧には自身の心臓に向かって響いているように感じられた。
やっぱり慣れないな。これは何度経験しても慣れない。これはぼくの持論だが、二回経験して慣れないなら今後慣れることはない。つまり、ぼくとの相性ってのが悪いんだろう。今度機会があるときは代役を立てるべきだろう。そうだ、ミルちゃんはもうこの緊張感は克服したみたいだし、彼女にやってもらえばいいんだ。
そんなことを考えながら、嘘真朧はちらりと隣にいるミルを覗き見る。あっけらかんとした表情。ああ、羨ましい。妬ましいな。
「初めまして。炎堂アリナです。本日はよろしくお願いします」
赤みがかったブロンドの髪を肩のあたりまで伸ばす、泣きボクロが光る端正な顔立ち。履歴書には三十五とあるがとてもそうは視えない。落ち着きつつも幼さの残るその容姿は二十半ばを思わせる。
そして、黒縁の眼鏡が隙のない知的な印象を伺わせた。彼女――炎堂アリナは、無駄な動きの一切ない仕草で一礼をしてみせた。
「どうぞ、おかけください」
炎堂アリナは一礼し、椅子に腰掛ける。さあ、第一印象は何も相手にだけ言える事ではない。ぼく達すらも見極められているといっても過言ではないのだ。気は抜かず最後まで駆け抜けよう。
「今日はこのようなところまでお越しいただき有難うございます。では、まずは基本的なことからお伺いします。志望動機について、お話しいただけますか?」
彼女の目に迷いや戸惑いはない。嘘真朧はレギオンへの面接なのだから、もっとぶっ飛んだ人物が来るかとも思っていたが、今日来た三人は良い意味でも悪い意味でもまともだと考えていた。
(ああ、そうか。なんとなくぼくの中でつっかえていたものが解った気がした)
ぼくたちは社会で働く人材が欲しいんじゃない。魔獣と対抗できる力が欲しいだけだ。言ってしまえば人間じゃなくても、兵器でも動物でもアンドロイドでも、何でもいいわけだ。
だから、別に敬語が使えないから判定を落とす気はさらさらなかったし、こちらに喧嘩を売るぐらいの気概があってもいいと思っていた。
いっぱいいっぱい詰まっている箱の蓋を開ければ普通過ぎた。何が出てくるか分からないと、ワクワクしながらサンタさんから貰った袋を開けてみたら、昨日ショーウインドウ越しに指をくわえて眺めていたクマのぬいぐるみが入っていた。
その程度の話。真っ当で嬉しい。それだけの驚き。
ならば生きた熊そのものが入っていれば満足か。それも違う気がするが、どうせならそっちの方が面白いかもしれない。
(それに、目の前の彼女も気がつかない、か)
「私の異能が、対魔獣との戦闘において有用だと判断したためです。また、長期的にギルドで経験を積んでおり、A級の討伐依頼も複数人掛かりですが一応経験していますので、一対一、一対多とも状況に問われない戦闘能力に自信があります。『嫉妬』には自身の能力をさらに向上させる場を求めています」
レギオン経由ではない。ギルドでの叩き上げか。その辺りはいろいろやっているようだが、活動履歴とも一致する。それに彼女の声には迷いがない。型にはまったような印象を受けるのは仕方がないのだが、ひとまず評価点として考えても良いだろう。
それにA級ともなると未確認の個体も含めることになる。上位の等級はその辺りの境界が曖昧で、弱い個体もいれば、街一つ破壊できるポテンシャルを秘めているものまでいる。
だから、この辺りのレベルになると互いの相性関係も響いてくる。いくら経験があっても勝てない相手にはとことん勝てないだろう。正直ぼくが手を焼く相手も少なくない。
ミルちゃんは黙ったまま横で「うーん」と呟きながら何かを考えている様子。彼女が真面目に悩んでいるんだ。落ち込んでいる場合じゃないな。ぼくはもう少し突っ込んでみることにした。
「では、ご自身の異能について詳しく教えてもらえますか?」
炎堂アリナは眼鏡を軽く押し上げる。
「私の異能は蓄熱『Savings temperature』といいます。外部からの熱エネルギーを身体の部分部分に吸収し、それを自在に放出できます。貯め込んだ熱エネルギーは任意で放出が可能であり、攻撃、防御、環境適応などに活用できます」
熱をため込む。汎用性はありそうだけれど、身体に負荷がかかりそうな異能だな。
「なるほど、具体的にどんなことができるんです?簡単に実演してみていただいてもいいですか?」
「そうですね。例えば――」
彼女は手を軽くかざし、指先を軽くこすり合わせた。すると、ほんの数瞬のうちに手のひらの上に薄い湯気が立ち上る。それは次第に熱量を高め、小さな炎となる。
「おお、即席キャンプファイヤーだ……ですねっ!」
ミルちゃんが子供のように目を輝かせる。やれやれ、本当に子供だなミルちゃんは。とても今年十五歳になったとは思えない。
しかし、これだけか。これだけなら肩透かしだ。身体から放出した熱エネルギーを基に自在に炎を操れる能力。確かに面白いが、この程度なら魔装術でも可能だろう。
これならば派手さは欠けるものの、相手の不意をつける水無月九嵐の静寂回廊『Calm Belt』のほうが面白かった。
そんな落胆の顔を隠せないぼくの様子を見てか、アリナはクスリと笑った――気がした。
「っぅ。あれ、なにこれ?」
「え、ミルちゃっ」
叫ぼうとしたが上手く声が出せない。隣にいる彼女の顔が次第にぼやけ、歪み、くしゃくしゃになる。急速に意識が遠のいていくのを実感する。
だというのに、目の前の赤みがかったブロンド髪の女だけはその表情を崩さない。
これは、そうか。もしかして――




