『嫉妬』の入団面接 ~全豹和也~
「次の人、っていうかあと二人はどういう人なんですか?履歴書?みたいなやつはさすがにあるんですよね?」
ミルは椅子の背もたれに身体を預け、カジュアルな姿勢で尋ねた。彼女はいつもと変わらない調子で、軽い口調ながらも興味深そうに嘘真朧の様子を伺っている。
「んー、履歴書っていうのかなこれ?一応大まかなデータくらいは貰ってるけど」
嘘真朧は答えながら手元のタブレットで画像を表示させる。
ミルは彼女の表情をちらりと横目で見ながら、体を揺らして椅子をきしませたかと思うと、椅子の後ろ脚だけで器用にバランスを取って遊んでいた。器用な子だ。ぼくにはとてもじゃないけど出来ない。
「へー。怖いっすね、顔」
「それだけ?」
「だって、それだけしか情報無いでしょ。後は名前と生年月日しか書いてないし。普通こういうのって特技とか学歴とか書いてあるもんじゃないんですかねー?」
疲れた様子は見せつつも、ミルはすっかりいつもの調子を取り戻していた。
彼女にとって、嘘真朧と一緒にいる時間はどこでも「いつもの空間」になる。それは緊張や気遣いの必要がなく、素直な自分でいられる場所。それに加え、さっきまで九嵐という初対面の相手と会話をしていたことも、彼女にとっては大きな疲労となっていた。普段、あまり知らない人と長く話すことなど滅多にないからだ。
「まあ、ぼくもよく分かんないけどね」
全豹和也。二十四歳。A型。
赤とオレンジの燃えるような髪。写真から少しだけ見える服装こそリクルートスーツを着ているものの、見た目だけでいえばいかにもといった強面で、表情から荒々しい気質が垣間見える。
先ほどの水無月九嵐が水を表すとするならば、この男は間違いなくそれと正反対、全てを焼き尽くすような真っ赤な炎。
「あれ、団長なんか考え事してる?この人と知り合いなんですか?」
「いや、昔のこと思い出してただけ。髪型が何となく似てるなあって思った」
「へー、彼氏だったりしたんですか?」
ニヤリと笑うミルちゃん。口での表現が難しい、なんとも嫌らしい笑みだ。弱みを握って首でも取ったつもりだろうか。
「残念だけど違う。彼は、うん。優しい人だったよ」
「はあ、優しい人ですか」
彼とは生徒と教師の関係だ。それ以下でもそれ以上の関係でもない。言葉もそれほど交わしたことはないし、親しい間柄でもなかったけど、何で今思い出すんだろうか。やっぱり面影が似ているから、なのかな?
「あ、話は戻りますけど、たぶんこの人、敬語とか絶対使えないタイプですよね。あと、気に入らないことがあったら、机ひっくり返すタイプ。難癖付けてアタシちゃんのこと殴りかかってきそう。なので、団長の想い人とは絶対違うと思いますっ!」
酷い言い草だ。これはミルちゃんなりの優しさ、かな。的外れもいいところだけど。
「はは、だから違うって」
嘘真朧は肩をすくめながら答えた。タブレットを手に持ったまま視線を落とし、少しだけ考え込むような表情を浮かべている。
「だいたい、履歴書に顔写真しか載せてないってどうなの?せめて趣味とか、ちょっとしたコメントくらい書けないのかなあ」
ミルは嘘真朧の手からタブレットをひったくり、表示された顔写真を指先でトントンと叩きながら不満げにぼやく。
「これが上の意向ってことなんだろうね。ぼくだって抗議したいけど、出来ないのは君も分かってるでしょ。まあ、“こういうもの”って割り切るしかないかな」
「はぁ、“こういうもの”ですか」
ミルは不服そうに頬を膨らませ、タブレットを乱暴にテーブルへ放り出した。それから椅子をくるりと回転させ、ぐったりした様子で背もたれに身体を投げ出す。
完全に気を抜いているなあ。まあ、別にいいけど。
「さっきの九嵐って人みたいに、真面目ちゃんが来てくれるとアタシちゃん的には楽でいいんだけどなぁ」
「ぶっちゃけキミはほとんど何にもしてないでしょ」
「えー!それ言っちゃいますか!?」
ミルがくわっと椅子から身を乗り出してそう言った。
それに真面目な相手だからスムーズに進むかといえばそうでもない。さっきは、相手があまりにもしっかりしすぎていて逆にこっちが緊張した。
あんな相手ばかりに来られたら気疲れで参ってしまうだろう。清涼剤、というわけではないけれど次は違う角度の人に来てもらいたいものだ。
そもそも、引きこもりのぼくだ。ダウナー系の人間にとって、知らない相手との会話をするだけでもいっぱいいっぱいなのだ。そのいっぱいいっぱいの身体を、何とかここまで運んできたのだ。なら、どうせなら、面白いほうが良い。
ぼくらは普通の企業じゃない。普通じゃないのなら普通でいる必要性も無い。畢竟、敬語なんか知らねえって人種でも、ぼく的には一向にかまわないのだから。
「普通じゃ出来ない仕事。それがぼくたち食み出し者なんじゃないの?」
「それは、そうですよ。あ、いや、でも、そんなこと」
ミルは何かを言いたそうに唇を尖らせたまま嘘真朧を見上げる。その視線には若干の苛立ちが混じっていたが、それ以上の反論は出てこなかった。
「それに――」
「それに?」
嘘真朧はわざとらしく含みをつくった後、口元をくすりと少し歪めた。
「それに、普通はツマラナイ。イカレてた方が面白いこともきっとある」
「うわっ、またそれ!団長ってほんっと変な人好きだよねー!」
「そう?」
嘘真朧はいたずらっ子のように微笑を浮かべながら肩をすくめた。どこか楽しそうな笑みを浮かべながら、ミルの表情をじっと見つめた。その余裕たっぷりの態度が、ミルの中にある小さな苛立ちをさらに煽ったようだった。
「もういいよ!アタシちゃんはその為にここにいるんだもんね!たぶん。でもさ、次の人、殴りかかってきたら団長、アタシの事守ってよ?」
「もちろん。ぼくの目の前で仲間を傷つけるなんて、ぼくが許すわけないでしょ」
嘘真朧はミルを守る、と躊躇いもなくそう言い切った。その表情には先ほどの面接で慌てていた様子は微塵も見られない。だから、とても頼もしく思えた。研磨され、端正に磨かれたアメジストを思わせるその曇りなき瞳に、ミルは一瞬言葉を失った。
「__はわっ。アタシちゃん。ちょっときゅんと来ちゃいました。これが、恋?」
「気持ち悪い。ぼく、トイレ行ってくるから。さ、次の準備しておいてね」
嘘真朧はあくまでもドライな対応で、恍惚とした表情で固まっているミルの返事も待たず、席を外すのだった。




