『嫉妬』の入団面接 ~水無月九嵐~2
「なるほど、ありがとうございます。では、次に簡単な質問をさせていただきますね。ではズバリお聞きします。あなたの能力は何でしょうか?長所も含め簡単に説明していただきたいです」
嘘真朧がそう言うと、九嵐はわずかに息を整えてから答えた。
「私の異能は静寂回廊『Calm Belt』。右足で地面を叩くと足先の向いている方向に一定距離の“無音空間”を形成する異能です。空間が形成される距離は地面を叩く強さによって決定します。また、間髪入れずに左足で地面を叩くことで、“一度だけ左足の踵の先に向かって”空間の形成の方向転換をすることが出来ます」
「へぇ」
地面を叩く力によって、か。それは完全に自身の力加減に依存するのか気になるところだ。
例えばテニスでいうところのコート種。表面が芝になっているグラスコートと、土でつくられたクレーコートでは、ボールの弾み方や球速が変わるように、地形に依存する力なのか。この二つは似ている様で大分話は変わってくる。
「空間の方向転換に関しては右足で形成した“無音空間”の終点から形成され、その距離は右足と同じように、左足で叩いた強さに依存します。つまり力を調整すれば前方を向きながら後方に“無音空間”を形成することも可能です」
「うん。その力で何が出来るのでしょうか?」
嘘真朧の目つきが変わる。なるほど、これは面白い。無音空間というものがその名の通り、音を完全に消失させる力だというのであれば、いろいろと悪用、もとい活用が出来そうだ。
「私は長年の経験でどのくらいの力加減で、どれほどの空間が生成できるかは全て把握できています。この異能を活用すれば、魔獣相手の意表を突く、といったことも可能です」
「うん、うんうん。なるほど」
嘘真朧は感心した声を漏らす。ぼくの異能とも相性は良さそうだし、実戦はまだ判断がつかないけれど、普段のミルちゃん以上に活躍してくれそうではある。
まあ、どちらかと言えば彼の異能は潜入工作や小隊の分断などの対人向け。リベルレギオン自体、敵対組織とやり合おうって集まりではないし、必然相手は魔獣になってしまうので、彼の強みを最大限に生かすことは出来ないかもしれない。けど、それを差し引いても面白い力だ。
昨今、魔獣だって賢しい知恵をつけてきている。それは他でもないぼくが実感していることだ。いくらでも活躍の場は見つけられるだろう。
(ねえ団長、これヤバくないです?なんかすごい能力だし、アタシちゃん負けちゃうかも?)
(ミルちゃんの異能も負けてないでしょ。自信もって)
そう小声で返しながらも、嘘真朧は内心で九嵐の能力に興味を惹かれていた。たぶん、個人というよりは他の人員や異能と絡めて初めて真価を発揮するタイプだろう。となると見てみたいのは九嵐個人ではどこまでやれるのかということだ。
「素晴らしい能力ですね。ですが、その無音空間の中では、自分の声も聴こえなくなるのですか?」
「はい。私自身もその空間内では音を聴くことができません。また欠点として私が無音空間を維持できるのは空間内に自身が存在している間となります。これは明確な弱点ではありますが、日常的に視覚を鋭敏化させる訓練をすることで補っています。また、読唇術についても多少なりと修めていますので、簡単なものでしたら口元から読み取ることが可能です。まあ、魔獣相手には不要な部分ではありますけどね」
なるほど、と嘘真朧は頷いた。それは確かに弱点にもなり得るが、状況次第では強力な武器にもなる。
「では、その能力を実際に見せてもらうことは可能ですか?」
九嵐は一瞬だけ迷うように目を伏せたが、すぐに顔を上げて答えた。
「承知しました。ただ、空間内では音が完全に消えるため、少し奇妙な感覚を覚えるかもしれません。その点だけご了承ください」
「はい」
九嵐が頷き、右足で地面を軽く叩く。その瞬間、世界から音が消えた。
道路を走る車の音も、建付けの悪い窓を叩く風の音も、ミルのどうでもいい小声も、全てが消え失せた。完全な無音の中で、嘘真朧は不思議な感覚に陥る。耳鳴りさえも聴こえない。
視界はそのままなのに、まるで別世界に放り投げられたかのような浮遊感。現実と非現実の乖離。その歪さに一瞬脳内がバグる。
(へえ、それに正面からじゃあ足を上げているようには視えないね。解っていてもこれだ。相手からしたら一瞬で聴覚を持っていかれる錯覚に陥る。どんなものかと思ったけれどこれは強烈かもね)
視線を九嵐に戻すと、彼は静かに口を動かしていたが声は一切届かない。その異様な静寂に、隣のミルが目をひん剥いて口をパクパクさせながら手足をバタつかせて何かを訴えているが、それすらも全く聴こえない。
やがて九嵐が一歩後ろに下がると、とたんに音が戻ってきた。
(すごいっ!すごいっ!すごいですよーっ!団長の守銭奴、ムッツリケチンボ陰険根暗の性悪おん――」
とたんに騒ぎ立てていたミルの口が塞がり、顔色がサーっと青ざめる。あれだけ団長と言うなと釘を刺していたのに、聴こえないという状況につい口が滑ってしまった。いや、それよりも問題なのは暴言か。
嘘真朧は青ざめたミルの顔を視る。沈黙。睨まれているにも拘らず、借りてきた猫のごとく口を閉ざしている。その変わりようがまるで『Calm Belt』の異能を行使したみたいで滑稽だった。
「コホン、いかがでしたでしょうか?」
その沈黙を九嵐が静かに破るように咳払いをしてからそう言った。その気まずそうな表情は暗に訊かなかったことにすると語っていた。彼なりの気遣いかもしれない。
「う、うん、すごいですね。方向を決めての空間生成、その空間内を問答無用で無音状態にする。単純な攻撃手段じゃないだけに対策が立てづらい。実際に使われると、これほどまでに強力だとは思いませんでした」
嘘真朧もこの場を取り繕うようにそう返した。
「ありがとうございます」
九嵐が一礼する。隣にいるミルは音を立てないよう黙ったまま席に着いた。その顔は青ざめたままである。まるで自分はいないものとして扱ってくれと言わんばかりの面もちだ。
(ミルちゃん。さっき言いかけたこと、後でちゃぁんと最後まで聴かせてね♪)
(ヒイィイィィイィッ)
ガタン、椅子をひっくり返しながらその場に腰を落としたミルを、嘘真朧は九嵐からは見られないような角度で、冷ややかな笑みを浮かべながら見下ろした。
ミルの目には悪魔よりも恐ろしい何かに映っただろうに違いない。もとより小柄なのに、ますます小さくなっていくミルの姿を見て、いくらか留飲が下がった。まあ、赦してやるか。
「さて――」
と、嘘真朧はわざと間を取りながら、九嵐へと再び視線を戻す。
「これで、大体の概要は掴めた感じかな。あとは実際の運用でどこまで使いこなせるか、ですね」
九嵐はその言葉に深々と頭を下げた。形式的な動作ながらも、彼の礼儀正しさは相変わらずだ。
レギオンの面々は一癖も二癖もある人材ばかりだ。事務的なやり取りはスマホやPCを通して行えるが、いざ擦り合わせることになって、実際に会うと日常会話の通じなさが半端じゃない。優秀といったらそうなんだろうけど。自分でいうのもあれだが、このぼくがまともに見えるレベルなのだ。
その点、目の前にいる青年。水無月九嵐は違う。礼儀正しく、模範通りの好青年。受け答えも流暢だし、内容も支離滅裂さを感じない。
ぼくやミルちゃんみたいなイレギュラーを前としても揺るがない。言いたいことがあるとすれば、その完璧すぎる佇まいが逆に違和感に感じる。それだけだ。
「実地試験、と行きたいところだけれど、ごめんね。今日はこの辺りで時間を切ることにしてまして。この後の日程は、また後日こちらから連絡させていただきますね」
嘘真朧が申し訳なさそうに両手を合わせると、九嵐は再び深く一礼をした後、お礼の言葉を口にした。
「畏まりました。本日は忙しい中このような機会を設けていただき、誠にありがとうございました」
こうして水無月九嵐の面接を終えた二人は、ペットボトルのお茶を飲みながら一息ついていた。
嵐が過ぎ去った。九嵐だけに。なんて面白くもなんともないか。というか、そもそも通り雨だ。嵐はまだまだやってくるのだから。
「アタシちゃん、今ので三十年ぐらい老け込みました。業務規定外の要求に団長に慰謝料を請求します」
九嵐の姿が完全にいなくなるのを待って、机にだらーんと脱力したミルがそう言った。
「はぁ、何くだらないこと言ってるんだか。だいたい三十年も縮んだらもう死んじゃってるでしょ、ミルちゃん」
訳が分からなかったミルは、「は?」と一呼吸間を置いてから机を勢い良く叩いて反論した。
「どういう事っすか、それェ!」
やれやれ、今日面接に来る人数は三人と聞いている。本職の人たちは一日でいったいどれほどの人数を捌くというのだろうか。そう考えたら一人目で躓いているわけにはいかないか。




